アリーナ君と魔法使い・第2章


 ◆◇ 1 ◇◆
 
 空はどこまでもぬけるように青い。
 風は4月の若草の快い匂いを運んでくれる。
 散歩するには絶好の季節。心地良いやわらかな日差しが気持ちまで暖かくしてくれるであろう。―――だかしかし、である。そう、世の中はそんなに素敵にさわやかであろうと、である。
 アリーナ君は、ぜえぜえはあはあと喘ぎながら思った。
(そんなの絶対、オレは無理であの鬼畜だけが享受してんだ!)
 そう考えると、このさわやかな陽気すらこ憎たらしく思えてしまう。アリーナ君は背中の巨大な荷物に押しつぶされそうになりながらも、必死になって片足を前へと一歩踏み出した。そしてまた一歩、と着実に歩を進めていく。その歩みと前後するように、ちりんとあえかな鈴音が続く。
(ああああああっ、もう、くっそーっ!!!!!)
 内心、盛大な歯軋りだ。くっそう!くっそー――――っ!!!!だ。
 前方、4、5歩分の距離で、この世の諸悪の8割がたの根源とも評される、史上最強最低最悪の魔法使いがマイペースで歩みを進めている。気持ちが向いたら歩いてみたり、面倒になったら宙をゆらゆら跳んでみたりと勝手気まま。ふとアリーナ君に振り返って、アリーナ君がぜえぜえと重たい荷物を抱えて必死に歩いているのを確認すると――――あろうことか、にや〜りと笑って、その魔法使いはすぅっと中を漂うスピードを上げた。
 びっくり慌てたのは、もちろんアリーナ君である。
(………こっの、くそバカー―――――!!!!!!!!!!!)
 両肩に食い込むリュックの掛け紐をぐいっと引っ張ると、アリーナ君は腹と腰と両膝に力を入れ込んで、出来うる限りのスピードでカリを追いかけた。これ以上引き離されたら、それこそアリーナ君の人生のピンチで死活問題なのだ。必死になって、カリを追いかける!
(くっそーくっそーくっっそぉおおおおお!!!!!)
 頭ん中では「くっそー」の螺旋模様。無限ループでカリへの罵倒を繰り広げる。しかし、その耳にはリュックの中身ががしゃがしゃと鳴る音―――それもこれも、カリのための食器にお鍋にフライパン、香辛料にお気に入りのテーブルクロスまで!!! 荷物のほとんど全部がカリ・カリ・カリのため! ってか、こんなバカらしい荷物持って旅するヤツなんか本当に相当バカで、それをまぎれもなく自分で荷造りした――――つまり、バカってのは自分だってコトに情けなくなる。アリーナ君の荷物なんか一番奥に着替えが数枚だけなのだ。相変わらず非常にカワイソウなアリーナ君の現状である。
 ―――その上。
 荷物が擦れ、ぶつかる金属的な高音の合間をちりんと響く綺麗な音色。
 その音源は、アリーナ君の首に巻かれた青色のリボンに通された………ちょうど両の鎖骨の中央で振動に合わせて軽やかに揺れる、砂金の色合いをした小さな鈴であった。
(ちーっく、しょぉおおおおおおー!!!!!)
 アリーナ君はその小さな鈴を片手でがっしり握った。もう、本気で握りつぶしたくなるぐらいだ。でもそんなことしたら、途端に”どどーん!”で一巻の終わりなのだ。だから、アリーナ君は歯を食いしばって、地にのめり込みそうになるほどの荷物の重みに堪えながら、必死にカリに追いすがった。
 その張り詰めたアリーナ君の形相を、数歩先を進むカリは、それはそれは愉しそうに、くつくつと笑いながら見つめていた。

    ◇  ◆  ◇  ◆

 それは、旅の出発直前、カリの手によってアリーナ君の首に巻かれたのだった。
 青い、艶々した肌触りのリボン。シルクなんて高級素材を知らないアリーナ君は、その肌触りにくすぐったいような感触を覚えた。
「すごく似合いますねぇ」
 上機嫌に微笑を刻むカリに、なんとなく照れくさくてアリーナ君は俯いた。
 ……だって、本当にムカツク奴なのだけれど、カリの美貌は本気の本物に信じらんないぐらいなのだ。そういう風に微笑まれたりとかすると、危うく見惚れてしまうじゃないか。
 下を向いたアリーナ君の頭を、そのふさふさのちょこんと上向いたネコ耳までひっくるめてカリは撫で転がした。耳をそんなカンジでゆさゆさされると、実はけっこう気持ち良かったりする。―――もももももちろん、こんな耳なんか、ホント、今すぐにでも元に戻して欲しいんだけど!当然っ!!
 しかし、身体は正直とでも言えば良いのか、アリーナ君はうにゃ〜と気持ちよさ気に肩を軽く揺すった。
 ………と、首もとがりんと鳴った。
 なんだかなんとなく嫌な予感を覚えて、アリーナ君はそれに手をやりながら、上目遣いでカリを見上げていた。そしてそこに、予感と微かの違いなくカリの一番の笑顔―――とは無論、アリーナ君をいじめている時のあの思いきり愉しそうな笑顔である、その、この世で最も恐ろしくおぞましい表情を見つけてしまい、アリーナ君は背筋に冷水が流れるのを感じた。視線が絡み合ったまま、かちんこちんに固まるアリーナ君。カリは鼻先で笑って、言った。
「……良くは知りませんが、飼いネコには首輪をつけるものなんでしょう?」
 笑顔で告げながら、そのしなやかな指先で、カリはアリーナ君の手の内に納まった砂金色の小さな鈴を軽く弾いた。瞬間、ちりんと響いたその音は、明らかに先ほどまでの鈴音とは異質で………アリーナ君は、目の端をびくつかせてカリを見つめた。背筋に感じるのは、冷水どころか削り氷といってもイイぐらいだ。それぐらい、カリの笑顔は怖い。
 身震いしたアリーナ君に降ってきたのは、カリのこの上なく愉悦に満ち満ちた声音。
「逃げたり、迷子になった時に備えて名札をぶら下げたりとかするそうですが、そんな迂遠な措置は私の趣味じゃないので………」
 カリは再びその鈴を爪弾いた。ちりんと鳴る音はあくまではかない。
「この音が届く範囲内―――まあ、3、4メーターがせいぜいでしょうが、その範囲を超えて私から離れたら、どかんと爆発する呪文をかけておきました。これで、迷子になる気も起きないぐらい、私のそば近くについて離れないでしょうから。ね、アリーナ君?」
「ね………って」
 アリーナ君は口元をワナつかせた。
 ほんの少し、ほんの少しだけの希望的観測で、この旅の道程でカリの魔の手から脱出できるかもしれないとか、もしかしてそんな隙が出来ようものならその時は全力で突っ走って逃げてやる!とかいう気が無きにしもあらず………いや、はっきり言ってやる気はマンマンだったアリーナ君である。このユーティエの森は全域をくまなくカリの結界で覆われていて、逃げ出せるとか考えもしなかったのだが、旅の間ならいづれは……とかいう不埒な企みはバッチリあった。
 それが、である。
 それどころか、である。
(………ああああああああ、うううううううううううう)
 アリーナ君は真面目に必死に一歩一歩突き進んでいた。逃げるどころか、追いつかんと死に物狂いで先を目指す。じゃないと、カリ本人が鈴の音の可聴範囲を超えたあかつきにはどっかーんが待ち構えているのだ。ちなみに、すぐさま取り外そうとしたアリーナ君であるが、「当然、そのリボンを外した途端起爆するように細工もしてますよ」とのありがたい忠告まで頂いている。つまるところ、カリから絶対離れる事は出来ないってことで、それを重々承知してる奴が、たとえおふざけで逃げたりとかしても、アリーナ君に出来る事はただ一つ。追いすがって追いついて、離れ過ぎないようにぴったりマークする事だけ。不本意とか、もう、そういうのはこの2年間ずっと味わいつづけてある意味慣れっこのアリーナ君である。打たれ強くはあるが、巨大リュックの重さはしっかりと両肩にくる。一歩ごとにその重みが両肩に悲鳴を上げさせている。そしてその重みは両の膝にストレートに伝わる。アリーナ君の膝は、今にもがっくりと折れそうだった。
 けれど――――アリーナ君は脳内だけでかの悪徳魔法使いを3回、ありとあらゆる方法でぶっ倒してやると、また一歩と歩みを進めた。
 限界ギリギリのラインでにこやかに笑う男に、負けん気の強い顔を向ける。
(ぜってー、ぜってーぇええええ!!! コイツいつかオレが倒す! 打倒だ打倒っ!)
 意気だけは精一杯上げると、アリーナ君はまた一歩、先へと進む。
 ちりんと鈴が鳴り………眼前の魔法使いは、緩やかに目を細めた。
 

                                (03.01.11)


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