セイント★ラブ



 始まりは、12月半ばにして未だ部長の座を退く気など毛頭ない山岸(やまぎし)女史のこの一言だった。
「金が足りん!! ―――諸君、これは一体なにゆえだ!!」
 だんっと机を叩いて、問題提議をその場にいた全員に投げかける。
 文化祭終了直後のバブル部員らはいつのまにか………もともと歴史に興味がない連中なので当然というか、このストイックな古今東西歴史研究会の活動内容―――と言ったら言葉を飾りすぎていて、単にそれぞれ好きな分野をそれぞれ好きなように楽しんでいるだけなのだが―――についてこれず、一人また一人と幽霊部員になってしまっていた。
 今でもきちんと顔を見せるのは、宮迫希(みやさこ のぞみ)の友人の古川朋絵と、1年の上田雅晴(うえだ まさはる)の二人だけである。それに当初からの部員である山岸女史、坂口香苗(さかぐち かなえ)、宮迫希、そして川瀬彰一(かわせ しょういち)、さらにはそのそばでうとうと頭を揺らしている鈴木航平(すずき こうへい)の5人を合わせて計7人が、先日部室として獲得したばかりの地学室に集まっていた。
 一番最初に口を開いのは、この中で唯一山岸女史に対抗できうる存在ともいえる坂口香苗であった。……しかしまぁ、二人して受験生として大切なこの時期、こんなところでのんびりやれる、その精神力と学力と余裕っぷりたるや凄まじいとしか言いようがない。
「ウチは同好会だから、正式な部に比べてやたらと部費を削られているからでしょうね」
 と―――くすくす坂口香苗は笑いだした。
「あと、貴女の散財かしら?」
「……それは」
 口を詰まらせた女史に、宮迫のまったりとした口調で追い討ちが入る。
「あ〜、部長のビデオテープの在庫がなくなってるぅ〜」
 重ね撮りをされないようすべてツメを折った上でナンバーのふられたビデオテープの山の横の収納箱を指差しながら、宮迫が言った。そこには未使用のビデオテープが保管されているはずだったが、在庫が切れたのだろう。跡形もなくなってしまっていた。
 山岸女史は小さく舌打ちを入れた。
「まさしくこれこそ真っ当な、わが研究会の素晴らしき研究対象を記録し得る最良の道具ではないか!! まったく、この危機的状況をわかってないな。この分では来週の『その時歴史が動いた』を録画できないのだぞ! そうすると、放送時間内に極度の集中を費やして、それこそ瞬きすらせずにワンシーンワンシーン、1語1語、見聞き頭に留めないとならないではないか。さすがの私もすべてそらで暗記はできないから、集中して見つつ、内容を書き留めないとならないわけだから………」
 そこで横槍を入れたのは川瀬だった。
「そんな頑張らなくっても、俺がビデオテープぐらい寄贈しますけど」
 なんとなく嫌な予感ってヤツが脳内をそよいだのだ。川瀬はそばで幸せそうに寝息を立て始めた航平を横目で見やって、思わずため息をついた。
 そんな川瀬の心配なんてそっちのけで、その嫌な予感というヤツは、寸分違わず現実にシフトする。
 川瀬の視線を追って航平を視界に入れた山岸女史がにんまりと、何やら思いついた表情を浮かべたのだ。そしてこの人の場合、それは間違いなくやたらと効果的な思いつきなのだが、その際の当事者の大迷惑は考慮されないという欠点を含む。川瀬は女史に航平を意識させた己の失態に、ガッと床を蹴った。
 しかし、事態は川瀬の予測をはるかに超え、山岸女史の脳内で細部まで細かく構築されシュミレーションされ、そしてイケルと太鼓判まで押されたようだった。
「いやいや、公私の混同は避けるべきだからね。部内の備品はきちんと部費で賄うべきだ。………つまり、底をついた部費を如何とすべきかという問題にぶち当たる訳だが―――」
 山岸女史は航平に意味ありげな視線を落とした。かくいう本人は、すやすや安らかな惰眠を貪っていて、自身のおかれた状況なんて気配すら感じ取っていない。
「後2週間もすると、世間はクリスマスだったね」
 その言葉も、どんな楽しい夢を見ているのか、にま〜っと微笑んだ航平の耳には当然入ってなどいなかった。
 そして、その瞬間、一大プロジェクトは当事者そっちのけで動き出したのだった。
 


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「いやぁああああああああああああ!!!!!」

 イブの夕方にこだまするのは、航平のアワレな悲鳴だった。
 それをドア越しにこぼれ聞いた川瀬も、やはりな…とため息をこぼした。
 あの山岸女史が考えそうなことだ。クリスマスパーティをしてその参加料で稼ぐ………ためのダシ、もしくは見世物といえばぴったりくるかもしれない。その用意は周到ってところだ。
 どうせ、川瀬に気取らせないように配慮を入れつつ、噂はちゃっかり流していたのだろう。だからこそ、古今東西歴史研究会主催のクリスマスパーティ(参加料2500円)なんてチケットが、たかだか2週間でバカみたいに売れたのだ。文化祭の熱狂よ、再びって魂胆だ。
 川瀬は軽く頭を振ると、部屋の中にいる航平にドア越しに声をかけた。
「……航平、着替え終わったのか?」
 しかし、別に小声でもない音量の問いかけに答えは帰ってこない。川瀬はがんがんドアを叩いてみた。
「オイ、航平。答えないんなら勝手に入るぞ……って、ここは俺の家でそこは俺の部屋なんだから、断る必要もないけど」
 言いざま、勢い良くドアノブを回した。川瀬に言わせてもらえば、着替えるから部屋を明け渡せ、その間は絶対のぞくなっていう航平のが、ずーーーーっとオカシイのだから、遠慮なんて全くない。何より、アレやらコレやらソレさえも舐める銜えるした仲なのに、何を今更隠したがるのかって感じだ。
(航平の盲腸の縫合痕の数すら言えるぞ、俺は)
 しかし、押し開こうとしたドアには、内側からぎゅうぎゅうと開かないように押しとどめる、必死の抵抗があった。
「だだだだだだめぇぇ!!! 川瀬、入ってきたらヤダ! てか、入ってくんな!!」
 わずかな隙間からは航平の必死な喚き。……って、これで押しとどまるような川瀬だと思っているのだろうか?
 川瀬は口の中で「バーカ」とつぶやくと、本気の力を出した。航平の細っちい腕力なんてもろともせず、あっさりドアを押し広げる。そしてそこに現出した光景に、……ほとんど予測の範囲内通りだというのに、川瀬はしばし目を奪われてしまっていた。
(…うわ………っ、似合いすぎだっての……)
 真っ赤に染め上げた頬に、羞恥で食いしばった唇、微妙に潤んだ瞳、そして頬よりさらに赤い――真紅の衣の裾からにょっきり生えた生足……その、艶かしいとさえいえる角度に……てか、後ほんの少し足を開くなり持ち上げるなりしてくれれば肝心なところが拝めるのにっていう、強烈に男心をくすぐるモノを感じていた。
(もはや犯罪だな、これは)
 真っ赤な衣装もお似合いの即席サンタ航平の、”スカート”の裾のもたつきに視線をくぎ付けにされながら、川瀬はこみ上げてくる笑いを押しとどめることができなかった。



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 一方、コト明らかになるその寸前まで、全く予感も何も感じていなかった航平は、今日この日をわくわく楽しみに、指折り数えていたというのん気っぷりだった。
 だって、古今東西歴史研究会に入って以来、初めてのなんだか面白そうなイベント!
 イブの夜にクリスマスパーティー!!!!!!
 川瀬はぶちぶち文句ばっかり言ってたけど、やっぱ、みんなでケーキとかジュースとかお菓子とか……あと、あの金持ちの坂口センパイの家のシェフが腕によりをかけて作るディナーまで出てくるって山岸女史が言っていたのだ! 楽しくないはずないじゃんと航平はトキめいていた。それに、聞いた話によると、部員以外にも有志の参加者を募ったところ、参加料をふんだくるにも関わらず、めちゃくちゃたくさんの希望があったって………で、急遽くじ引きで参加者を決めたって言うぐらい………そのぐらい面白いってコトなわけじゃん。
(俺なんか古今東西歴史研究会のメンバーだからフリーパスだし!!)
 本日午後7時からの開始予定で、それまでの間、航平は川瀬の家でゲームをしたりして過ごしていた。なんだか気がついたら、自分の部屋よりも川瀬の部屋にいることのほうが長いくらい入り浸っている航平である。そして6時を過ぎ、もうそろそろ準備を……と航平は山岸女史に事前に手渡されていた紙袋を持ち出したのだ。
 それは、イブのパーティの日に必ず着て来るようにと言い付けられていた衣装であった。
 クリスマスってことで、雰囲気を醸し出す上にもサンタの格好をしたヤツがいたほうがイイって、それでわざわざ文化祭の時にも使ったコネクションからサンタの衣装を借りたという。当初、航平もそんな恥ずかしいのはヤダって断ったのだが、これを着るだけで参加料2500円を支払わなくていいっていう交換条件にあっさり飛びついたのだ。
(………だだだだだだって、だって!)
「ただのサンタの衣装って………思ったのにぃいいいいいいいい!!!!!!!!!!」
 航平は川瀬の視線を感じて、ただもうひたすらに丸まった。体育座りを両手でぎゅーって抱き抱える。でもそうすると、微妙太もものあたりがスースーして、不審に思ってそこらを見たらスカートの裾が捲くれ上がって太もも丸出しなのである。航平はしなしな〜と倒れこんだ。
(あ……う、うう―――――!!!!!!!)
 1枚目を着たときに、なんか変かなーとは思ったのだ。だって、やたらと裾が長いのだ。サンタだからアメリカンなビックサイズだとか、わかったようなわかんないような理屈をつけてみたものの、ウエストとかはジャストサイズで………頭ん中はハテナマークが乱舞していた。それを無視して航平は2枚目―――つまりズボンを取り出そうと紙袋に手を入れた。
 ………が、紙袋の中で手をぐるぐる回そうが、隅から隅までガサゴソ手を動かしてみても、覗き込んでみても、挙句逆さにして振り回してみても、出てきたのはお誂えの赤いブーツだけで、ズボンのズの字も見当たらない。
 なんだが、なぜかなんだが、さ〜っと顔が青ざめた。
 見たくもないのに、鏡に顔が向く。
 そして先ほどの大絶叫を己の口が喚きあげるのを、鏡に映して目撃したのだ。バカみたいに大口を開けて、真っ赤なサンタワンピに身を包んだ己を。膝よりちょい上のスカートをヒラヒラはためかせて鏡に指を差し向ける自分を!!!
「ヤダヤダヤダヤダぁああああああ!!!!! 川瀬ぇ、俺こんな情けない格好で外出れない!  パーティ行かない!」
 航平はうえうえと、もはやベソかき状態だ。川瀬がほとんど爆笑状態なのにも関わらず、必死にすがり付く様は大変アワレである。が、やたらとその真っ赤なサンタワンピが似合っていて、ある意味、まさしく犯罪っぽい。こんなのが世間をうろついてたら、そりゃ、誰しもヨクナイ考えが浮かぶことであろう。それが、普段ですらイロイロ航平に対して良からぬ妄想を発揮させまくりの川瀬なら、数万倍の勢いで猛発達せざるを得ない。赤壁の戦いの前の諸葛孔明もこんな気分だったんだろうか??吹けよ、東南の風ってな!そんな風が吹くのは知ってたくせに、芝居のうまいヤツ。あとはうまく料理するだけだ。
 川瀬は笑いの波涛を凪いで、うっすらと笑みを浮かべた。
 ヤりたいことは、1つ。目的はもう1つあるけれど。
 川瀬は心の表面で、こんな楽しいイブをくれた山岸女史に感謝した。無論、あちらはあちらで魂胆があったわけだしそれはムカツク……こんな航平を人前に出すなんてもったいなさすぎなのだが………、まぁ、自分は自分で逆手にとって楽しむことにしようではないか。
 うっすらと浮かべた笑みを航平に向けながら、川瀬は告げた。
「―――プレゼントは何だよ、サンタ?」
 目が合った途端、クイっと口の端を吊り上げた川瀬のその顔は、聖しこの夜にはふさわしくないレベルで邪悪な様相を呈していた。


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