手も足も出ないとはよく言ったもんである。
ホント感心する。まいった。アンタ天才だよ、まったく。本気で手も足も――身じろぎひとつだって、出来やしねぇ。
「……ッゥ――」
しかも、なんて周到なことには、口も封じられてしまっているワケだな。いや、ホント、まいった。参りました。この俺から、口からどころか舌から生まれてきやがったとすら形容されるこの俺から、舌先三寸の大車輪まで奪ってしまうとは、さすがはこの男、伊達に17年間を過ごしてきたわけじゃない。
戦略的だ。ナポレオンもびっくりの大戦略家だ。
――って、ぬあっっ!!!??
正ゴールキーパーの滝沢だって目じゃないぐらいの長ったらしい指が下のほうに迫ってきて、焦りのままに変な声が飛び出してしまう。
クソ、こんなんじゃ……まんま、追い詰められた獲物じゃねーか。情けない。窮鼠は猫を噛むんじゃなかったのか? 頑張れ、俺。
負けるな俺。鬼が云うと書いて、魂で叫び散らせ!!!
「ぎゃあ」
しかしがしかし。いかんともしがたくヤツの左手の隙間からもれ出るのは、逆さ釣りにされたニワトリのような切ない悲鳴。チキン。素っ裸にむかれてご馳走までまっしぐら。
……だとか、ちょっと文学少年ぽく、隠喩を用いて己の状況を表現している場合じゃない。
ヤツの――生後4日目には愛善病院産婦人科新生児病棟で知り合い、それから4年後、七福神保育園らいおん組で再開して以来のくされ縁。人はそれを素敵に誤解してくれて、幼馴染だとか親友だとかいう立派な関係に置き換えているようだけど、事実はそんなに優しくない。
そう、NASAの正式発表並みに正確を期して表現するなら、腐っても切れない、納豆の糸のような間柄だったのである。そう、わずか15分前までは。そして今や……
今や、納豆の糸はこの衝撃的状況にブチ切れて、今にもヤツの――フジワラの口の中へ……まぁ、つまりは食われちまいそうってワケだな。ははは、いやはや、我ながらナイスなたとえだ。グレイト!
俺のこのハイクオリティなセンスはもしや商売になるんじゃないのか、俺の人生行路は吉本にでも向いてんのかってぐらいだ。わははははは…はは、は、はぁ………。
ああ、ぅぅ…。
我ながら、もうちょっと真剣に取り組めないもんだろうか。悲しくなってくる。相手がフジワラだからって、決してギャグではないのだ。一生の中でも最大級のピンチ、絶体絶命的状況なのだ。ロスタイム、ペナルティエリアで足をかけて、思いっきり相手をこけさせたようなものなのだ。しかも相手は黄金の左足を持ってたりするとか、そういうレベルの危機。一発入れられて、試合は終わりじゃねーか、ああ、うう。
「フフフフフフフフフ………」
目の前にずどーんと立ちはだかった危険指数の高さがようやく思考回路に組み込めて、口からこぼれたのはそんな声。さすがにまともに舌が動いてくれない。
「何だよ、そんなに楽しいか?」
けれど、震えてうまくしゃべれないのを、フジワラはダイナミックに誤解してくれる。
「ま、期待には誠心誠意答えてやるから待ってろって」
「フフフフフフジワラ……キサマぁ……っぁ!!!!!!!!!!!!!」
機関銃が不発したのは、ぎゅぅっと……それこそまさしくぎゅぅっと以外の擬態語では言い表せられないぐらいぎゅぅっと握り締められたから。
何をって!?
そりゃ言わずと知れたもんだろう。男がぎゅっとヤられてビクビクするもんだ。それもナマで、絞るように!!!
「っ……は!!」
詰まった声が口から飛び出る。薄く開いた目の正面、涙交じりの視界の中央には、フジワラの薄く顰められた目。
「アンタが誘ったんだろう?」
低く確認してきたのは、そんな台詞。
焦って喘ぐばかりの俺に、普段と一ミリグラムも変わらないとても冷静なツッコミ。
「アンタが俺のことを好きだって言ったんだろう?」
……それはまぁ、そうなのですが。
コトそのことに関しては否定できないので困る。確かに――確かに言ったかもしれない。……いや、ココは男らしく、言ったと断言しよう。ああ言ったさ。俺はお前を好いてるぞーと、一言一句違えず言ってしまったさ!!
でもなぁ! 俺だってTPOってのを用いて言い訳させてもらえるなら、その日その時その場所その状況ってヤツは――仕方ないだろ、普通言うだろ、いくらだって、暴言というか普段思考の片隅にもない考えだって、ボロボロボロボロ、口から出てくるだろ!
だって優勝だぞ!
それこそ、万年一回戦敗退チームが、前年度優勝チームを3-2で破った、その最大の功労者、ハットトリックを決めた男になら。いくらでも。好きって言うか、もう、愛しちゃってるよー、今ならフジワラになら食べられてもいいよーってぐらいなら、いくらでも。
でもってだ。それこそイレブン全員がそーゆーハイ状態だった中、なぜ俺の台詞だけをセレクトして、優勝決定の翌日、つまりは今日の午前10時30分、わざわざ家にまで呼びつけて、きっちりと有限を実行させてるのかとか、そっちのほうがずっと問題なんじゃないだろうか、いやはや。
「…ぁ……んぅ」
……いや、目下、問題はやはり緊迫したこの危機的くされ縁化学反応型即席ホモ出来上がり状況だ。
ぐは。参ったね、こりゃ。
下はもう完全に脱がされてるし、上着だって首元あたりまで捲り上げられてる。それに、そこら中フジワラに吸い付かれた痕だらけだし、キスだってベロチューまでしちゃったし、ちゃっかりムスコは立ち上がりっぱなしだし。
「フ、フジワラ……」
なんか言えよ。人のを舐めてんじゃねーよ。
息が上がってくる。その吐息とおんなじペースで舌を使われて、も、ぐたぐたに体中が煮え立ってる。
どうでもいい気分かって言われたらそうじゃないって言うだろう。じゃ、約束だから守るのかって問われたら、別に俺はそんなに律儀に生きてないって言ってしまうだろう。
好きか嫌いか、フジワラは俺にとってそんなカテゴリに分けられる存在じゃない。
生まれてからのくされ縁。納豆みたいな間柄――いや、別に運命なんて持ち出すつもりもないけどさ。
下のほうでアレコレやってた藤原の顔がまた視界に戻ってくる。切れ長っていうよりか薄い、ナイフでそこだけ切れ目を入れたような目。普通にしてても睨んでいるように見えるから、一年のころは先輩からのあたりが厳しかった。でも、そんなことには動じない、ヒョウヒョウとした男。そういう男が。
フジワラの目と同様に薄い唇がニヤリと釣りあがった。
「黙ってんの、アンタらしくないよな?」
いや、そんなに楽しそうにコト為しているアンタも全然らしくねーだろうがよ。
いつも、暑いのか寒いのか面白いのかつまんねーのか、全然ワケわかんねーぐらいの鉄壁の無表情の分際で。優勝決まって、ハイタッチの応酬を食らってる最中ですらお目見えできないぐらいの口端の角度。コイツに当てはまった覚えがそれこそ片手の指で数える程しかなかった表情、笑顔ってヤツ。
なぜ、そんなに楽しそうに俺に口付けるかね?
クソ。
俺、ヤられるんだな。間違いなく、すっぱりと。
コイツが何か決めて実行して、途中で止めたことなんかひとつもない。雨が降っても台風が到来しても夜になっても俺が制止しても、俺の半生がそれを知っている。悲しいかな、絶対ヤられると目の前に突きつけられてしまってるワケだ。
ああ、うう。
神様、せめて痛くありませんように……
そう願った俺の、神様はその切なる思いに応えてくれたのか―――ああうう、もう、これ以上俺が語ることはありません。つか、語りたくなんぞ、死んでもあるもんか!!
フジワラめ……!!!!
ヤりたんないし、アンタだって良かっただろ、だと?
その質問のどこら辺に俺は答えてやればいいんだ? なんか言えよ、だと? ああ言ってやるさ。だが待て、もう少しだけ、あと3分だけ待ってろよ!
俺の機関銃を、貴様に連射貫通炸裂で蜂の巣にしてくれる!!!!!
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