「いや………あ、うんっ………ふ」
古今東西歴史研究会の部室である。崩れ落ちそうなボロ小屋にあるクリーム色のソファーの上から、そんな悩ましい声を出しているのはジュリエット航平である。ジュリエットはすでに航平のニックネームにすらなっている。見知らぬ生徒から航平が「お〜い、ジュリエット!!」と呼ばれることも、この甲稜高校の日常風景の一つになっている今日この頃である。
「ぁあ……んんっ………かわ、せぇ…」
やたらと甘い声。
ビジョンを合わせて見ると、なんだか航平の上には一人の男が圧し掛かっているようだ。
それは当然、航平がジュリエットなんだから相手として相応しいロミオ―――こと、川瀬彰一である。
「航平の心臓すごいな」
航平のちょうど心臓の位置に舌を這わせながら呟く。ついでとばかりに航平のつぶらな胸の飾りも舐めてみる。と、舌先でも感じられるくらい、航平の心臓が高鳴った。ピンクに火照った体から今にも飛び出てきそうなぐらいばくばくいっている。もう一つの突起を指でぷにぷに押しつぶしてみたら、今度はびくんと体が揺れた。
「ゃあ………あ!」
面白いぐらいよく反応する体である。こっちのほうもさぞかし………と、川瀬は残った手で肌を擦りながら下方へと移動させた。軽くわき腹のあたりで、くすぐるモーションを加えたら、航平は体をくの字に曲げて逃れようとする。
(ヤり甲斐のあるヤツ〜!!!!!)
手応えが望む以上に返ってきて堪らない川瀬である。
今日こそは………と、下方に移動させた手を狙いのブツに当ててみた。
「あ」
「んぅ!」
航平の”それ”はズボンの布越しにも間違いようもなく張り詰めていて、川瀬はその質感に感動のため息を漏らした。それが、航平の一段とびくんと震えた声とも重なる。
(………ちょっと、かなりクルかも)
昼下がりの午後。世間で言うところの昼休み―――を少し回ったぐらいの………もう、掃除の時間帯なのかもしれない。掃除に部室棟は含まれていないこともあって………その上、ここ古今東西歴史研究会のボロ小屋など誰からも見捨てられた辺境の地にあると言って過言ではない。そこでロミオとジュリエットが逢引していたところで、何者かに発見されるおそれは皆無だった。川瀬は大胆に航平のズボンのファスナーを下ろした。もっと直接に、布なんていう邪魔な阻害物など排除して、直に航平に触れてみたかった。ベルトを緩めるゆとりすらなく、性急に航平のモノを取り出そうとする。
一瞬触れたか、触れないかの間際だった。
川瀬は驚くほどの力で後方に吹っ飛ばされる己を知覚した。
(………え?)
という半ぼらけな疑問に、タイムラグを置いて聴覚と視覚が答えを示す。
「やぁだああああああ!!! かわせの、バぁカぁああああああ〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!!!!!」
なんていう、男にしては甲高い航平のわめき声と、続くわんわんと漫画みたいに泣き喚く声。
涙に濡れた頬と、限界まで火照った顔、はだけたシャツから覗く可愛らしい乳首と、川瀬の前に突き出された両腕。
「………航平?」
またか、と呆れてくる。川瀬は額を覆った。
お決まりだ。
「………そんなに嫌?」
1ヶ月前から1歩も前進していない問いを重ねる。
えぐえぐ嗚咽を始めた航平に視線を合わせる。川瀬を押し退けたカタチのまま固まって泣きつづける航平に。
「俺が嫌?」
鋭いというよりも、心の底からのため息まじり。ここまでさせておいて、それはないだろうという気持ちが確かにあった。感じている時点でOKじゃないのか、普通は? ………あれだけ喘いでおいて。
(イヤ、はないだろ〜)
この際だから力任せに奪ってしまおうともヨコシマに考えるのだが、航平はそんな風にしたら、絶対、とんでもなく泣きつづけてその内航平の涙が源流の川とかできてしまいそうだ。だからこうやって、ちくちく体に教えてやってるというのに………
「何が嫌なんだ?」
とどめとばかりに、川瀬は航平の頬に手を当てた。そういう体へのアピールに弱い航平は、ようやく泣き止んで川瀬に恨みがましい視線を向けてきた。唇が何回かわなわな痙攣するのがやたらと非難がましい。
「だって………川瀬」
「んだよ?」
「だって………」
かあああああっと耳まで赤くする航平である。気が回らないのか、シャツがはだけたままで襲ってくださいと誘惑されているような気にすらなってくる。そこはぐっと押さえて川瀬は言い募った。
「だって、どうしたんだ?」
「………だって! だって川瀬、キスするだけって言ったじゃんかっ!!!!!!!!」
一気に張り詰めていたものを吐き出す航平。途端、ソファーに膝を抱えてうずくまる。
「キスするだけって………………、あー………」
なにか頭に引っかかって、川瀬は追求の口調を緩めた。
(………)
なんだか、確かに昼休みの終わりを告げる予鈴でそそくさと立ちあがった航平を、「キスするだけだから」と言って引き戻した覚えがないこともない川瀬である。それまで航平のゲーム談義の相手をしてやっていたのだから、それぐらいは楽しみがあってもいいだろう。………それが、ほんの少しだけ興が乗りすぎて、くちびるを突つき合うだけキスをいきなり深いものにすりかえたり、手持ち無沙汰だった指で航平のシャツのボタンを外したり、ついでにソファーに押し倒して、航平もおとなしくされるがままっぽかったので、勢いで口許から首筋へ、そして胸元へと舌を這わせただけではないか。このドコら辺に泣き叫ぶようなことがあるだろう、そう思うのだが、そう思いつづけてすでに1ヶ月も経とうかという現状だ。
「男の悲しいサガだろ〜」
好きなやつが目の前で、しかも二人っきりで、上等なことにソファーまで備え付けられた個室である。
何かないほうが不健康だ。
航平は膝を抱えてうすったまま、ぐずぐず文句を並べる。
「サガって……!! キスだけってゆったのにっ!」
「キスだけってな、こういう状況でキスだけですますヤローこそ異常だぞ」
「でででででもっ! 川瀬なんか変なことしようとしてたぁっ!」
「変じゃなくて、まっとうなコト」
「………まっとうって?」
「そりゃ、”イイ”ことだろー」
知ってるくせに、と川瀬は航平の頭をぐちゃぐちゃにかき乱す。
「お前、俺が好きなんだろ?」
耳元で囁く。息なんか吹きかけて、嫌でも航平をこちらに向けさせる。案の定、刺激に弱い航平は反射的に顔を上げて………そのあごを川瀬に取られてしまう。
「好きなんだろ?」
しつこく聞きなおす。視線を交錯させた航平が、それに再び羞恥を爆発させる。赤くなる顔を隠そうとするが、川瀬にあごを取られてその表情を晒したままで―――もともと涙で濡れた瞳が、うるうると滲み出す。しかし、じぃーっと見つめられて、航平は観念したように小さく呟いた。
「………う、うん。たぶん、好き」
たぶんとは何事かと問い詰めたくなるが、まあ、恥じらいが人並をはるかに超えた基準にある航平にしては頑張ったところだ。すかさず川瀬は言を重ねた。
「俺も、まあ、ヨーロッパ史の次ぐらいには航平のことが気に入っている」
すこし過小評価ぎみに言ってみる。本当は最近、川瀬の頭の中は航平のことでいっぱいで、趣味の歴史書漁りが絶えて久しいことなど教えてはやらない。航平が焦らし過ぎなのがそもそも悪いからだ。
「つまりだ、俺と航平はお互いに好き同士。航平、こういうのを何って言うんだ?」
「………わ、わかんない」
「………ったく、回転が悪いな。二人人間がいて、そいつらが好きあってたらそれは恋人って言うの、わかった?」
確認するように、川瀬は航平を覗きこんだ。
航平は、その言葉を飲みこんだワンテンポ分「む〜」と考えこんで、ようやく理解できて反応を示した時はテンポでは表現でき無くなるぐらい時間が経過していた。大げさに顔をしかめてみせる。
「うぇえええ!」
「うぇえってな………おまえ、けっこうそれ失礼」
「だ、だって、俺も川瀬も男だよ………」
またか。
川瀬はこの1ヶ月ループしつづけるその航平の脳みそを、自分でつぎはぎしてシナプスの流れをせき止めたくなる衝動に駈られた。
「………だから、俺はホモじゃねぇっての」
呟く川瀬である。
いや、もしかしたら男の航平に欲情している時点でアウトなのかなともちらりと考えるのだが、あくまで絶対にそう思うのは航平だけなのだから、これは恋愛だ。相手が男ってだけ。普通に航平が好きで、モノにしたい………その全てを知りたいって思うだけだ。それにもし、そういう感情全てがつまりはホモだって言うなら、ドンと来い、だ。
(ああ、ああ、俺はホモでもなんでもいいよ!)
もう、航平とできるんならなんと言われたって構いはしないのだ。
「航平、だから嫌なの?俺が男だから嫌い?」
嫌いと訊かれて、航平は激しく動揺したように何度も瞬きを繰り返した。潤んだ瞳から、涙の小さな飛沫が散る。
「き、嫌いじゃないよ! 俺,川瀬のこと………たぶん………ものすごく好きっ!」
好きが、ものすごく好きに進化しているのは素晴らしく革命的だが、まだまだ「たぶん」付きなのが気に食わない。それに、好きなら”イイ”じゃんとも川瀬は思ってしまう。
………が、今はこれで堪えてやらねば男が廃るのかもしれない。
「ああああーーーーっ、もう、俺もお前が好きだよ!」
川瀬は言いざま、捉えていたあごをくいっと引いて上向かせた。まだその唇がなんとなく濡れたままように思えるのは、それは川瀬の男心なのかもしれない。ぎくりと体を硬くした航平にその男心を傷つけながらも、根性で笑ってみせた。
「今度は本当、キスするだけ」
させろよ、という願望は心の奥のほうにねじ込める。―――今は、まだ。ナポレオンの侵攻にじぃっと機を待ったロシア正規軍・農民ゲリラのように。いづれ冬が来て、ナポレオンが大敗した故事よ再び、だ。
(まぁ、いつまでも待ってあげるほど気は長くないけど、ね)
やったもん勝ちの信条にかけて、今は引いてやるが、そのうちビッグな仕掛けをしてやる。
「な?」
キスぐらいはいいんだろ、と目で確認する。
航平は視線を逃がそうとして、それに失敗してきゅっと瞼を閉じた。呂律の回らない言葉をつむぐ。
「ぉ……お、おれも、川瀬とのキス、好き………かも」
航平の口からこぼれ出たのは、そんな川瀬の理性の首根っこを絞め付ける極め付けの一撃だった………が、それも死ぬ気で堪えてみせる。なるべく優しく、なるべくせかせかしないようにゆったりと川瀬は航平にくちびるを重ねた。
いつもよりも、一段と甘く感じさせるキスだった。
(早く、一刻も早く、コイツに恋人のルールというものを叩き込んでやらないといけない)
キスと制限付きのスキンシップまでというのはせいぜいカップリング1ヶ月が限度なのだ!
川瀬は深く深く心に誓っていた。
+ + + + + + + + + + + + + +
1ヶ月前である。
県立甲稜高校で催された学祭は成功裏に幕を閉じた。
全国区でも名のある演劇部の叙情的な演目やコーラス、クラスの出し物としてのコメディー、有志のバンドによるライブ、各展示品や模擬店など多くの楽しみがあった学祭であった。しかし………というか、当然というか、もっとも今回の学際で話題をさらったのは、某弱小廃部間近文科系部………学内で石を投げたらその部の存在を知らない者にしかあたらないとさえ蔑まれ、貶められ、劣悪環境に追い込まれた「古今東西歴史研究会」であったことはいうまでもないかもしれない。
やはり、女装と表現するにはいささか以上カワイらしかったジュリエット航平の影響が莫大であった。上演した瞬間のざわざわは、そのほとんどが「アレはマジで男なのか!?」という種類の驚愕であった。そこへさらにロミオ王子こと川瀬の登場である。黄色いというよりも、「きゃあああ!」が「ぎゃあああ!」になってしまっていて茶色い嬌声という感じであった。そんな、開始間際人心を掴んだ二人が、いきなりのラブシーンを展開し(―――「こんなにお慕い申し上げているのに、あなたは死んでしまった!」とロミオ王子が言いざま、がばっとジュリエット航平に抱きついたのである)、その後も延々と濃厚なヤツを繰り広げるのである。もちろん、教師の目もあるため、バリバリに激しいものを見せるわけではない。山岸女史の事である、後でしっかりと「ロミオとジュリエットを一般化して楽しんでもらって、そういったものに触れる際の垣根を下げるためにギャグのつもりでやりました。観客もすごく盛り上っていたでしょう? きっとみなさん、関心を持ってくれたと思いますが」と言い訳も用意してあった。観客のほうも、見せ場見せ場でしっかりと「うぉおおおおお!」とか「ぎゃああっ!」とか「うはぁああああ!」など、意味不明の歓声を多数あげてくれていた。そしてその声が大きなうねりとなって体育館にこだましたのは、一番のクライマックス、ロミオ王子川瀬が、ジュリエット航平の唇に寸止めのキスをした瞬間だった。そしてそれは、体育館の中でも前方斜め左翼の一角からの奇声も加わって実に阿鼻叫喚の大音声となっていた。その方面からは、とんでもないシーンが完璧に目撃できてしまったからである。――――つまり、ロミオが寸止めのキスをした瞬間、にっと笑って、音速もかくやのスピードでジュリエットの唇を奪ったのだ!
学内では闇から闇に………生徒内だけで密かに賭けが行われていた。その賭けの成否をかけたシーンは――――「川瀬は航平にキスをするのか?」というマルバツに、幾人かのサッカー部一年だけが賭けたというマルを答えに示していたのである。彼らは相当額の賞金を得たという話だ。
そして、上演が終了した瞬間から、「古今東西歴史研究会」にはスポットライトが燦燦と光り輝いて照り降ろされていた。正規部員五人がゆえの悲惨な境遇は、その瞬間から過去の遺物と成り果てていた。きゃあきゃあとウルサイ女の子から、果ては運動会系のゴツイ筋肉マッチョまで、合わせて12人という試算以上の数が集まった。この際、バカでも好みが偏っていても、ちょっとヤバイ系の人でも、とにかく数が大事なのである。山岸女史はホクホク顔でその全てを即決入部させた。そしてその入部申請届けを携えて、山岸女史自ら生徒会長の小菅まで直談判しにいったという。結果が、「第二校舎、地学室の使用許可」である。地学室は元からどの部も使用しておらず、放課後空いていて、となりの地学準備室に諸管理物資を置いても良いとの許可までとれた。さらに、比較的設備も良くて図書館も近く、日当たりも良い絶好のロケーションであった。談判は山岸女史の全面勝利と言えよう。
だが、なんとなくその新しい部室に馴染めないのが約二名、その勝利の立役者ともいえる、川瀬彰一と鈴木航平であった。あの湿っぽさが身に沁みこんでしまったのか、地学室のやたらと暖かな日差しから逃げるように旧部室のオンボロ小屋にたまるようになった。なにより、ちょうどイイ具合で寝転べるソファーが地学室にはなかったのだ。二人して、放課後といわず昼休みまでも、そこでうだうだと過ごすようになっていた。最初の内は衆目の真っ只中で本当にキスしやがった川瀬に怒り心頭で警戒しまくっていた航平であるが、川瀬の巧みな口車や術中にハマって、次第にキスなら進んで受けるようにはなっていた。それでも舌なんて入れた日には後から猛烈な苦情が飛び交うのであるが。それでもいつの間にか、だんだんと川瀬のちょっと深めのスキンシップまでは了承できるようになった航平であった。ただ、どうしても、それ以上は恥ずかしがり屋の航平としては許しがたい行為らしい。川瀬の指が、航平のモノを捉えようとした瞬間、いつもいつも猛烈な抵抗を食らうのである。どんなにイイ感じにさせていても、そこへの動きをキャッチした瞬間にブレーカーが落ちるのだ。理性というよりも、ただひたすらその極大の羞恥心でのみで、体格の違う川瀬を押し退けふっ飛ばすのだ。
(勘弁してくれ)
同じ男として、この苦しみがわからないはずはないだろうに。「好きだけど、したらダメ」なんて、そんな理屈は世の中通らない。通ってたまるものか!
「キスだけはしていいよ」なんて、男の限界については以前にしっかり教えてやったというのに、まだ航平には………もっとよく、とことんまで徹底的に教えこまないといけないらしい。
川瀬は周到に構築した計画を反芻した。
(我ながら、完璧だ………!)
完璧だし、まぁ、よくやったと褒めてやりたいぐらいだ。
その上今日は金曜日。とことんまで教えこむには最適の日取りだ。
川瀬は歩むスピードが自然速くなるのを自覚していた。しかし、その自覚は却ってアドレナリンを増幅させる。人間楽しいときに楽しい気持ちになっているときがやはり心弾むのである。なんといっても、何時間か待てば、計画どおりにいくと最も楽しいことが待ちうけているのだ。お楽しみだ。わくわくする。
昼のこの時間ですでに半分以上影になった裏庭を越えて、突風が吹いたら飛んでいきそうなボロ小屋の扉を開く。蝶番があるものの不法侵入の際ぶっ壊したせいで、今では内側からしか施錠できなくなってしまった。
例のごとく、航平はソファーに座っていて………待ちくたびれたのか、うたた寝を始めていたようだ。少しだけ薄く開いた唇から、規則正しく寝息が漏れている。なんというかまぁ、平和なお子様である。上下左右に飛び跳ねたくせっ毛が、寝癖が付いたかてっぺんを向いて逆立っていた。時折慣れない姿勢で節々が痛むのか、「んん〜」とか寝言を言いながら、体勢を変えたりしていて、それがまためちゃくちゃカワイイ。いつまでも鑑賞していたくもなるが、川瀬はそんな場合ではないと、呼吸を整えて航平の肩に手をやった。軽く揺さぶる。
「起きろ、航平」
ひどくはならないように、快適に起きられるように揺さぶりはあくまで緩やかに。航平は瞼を一、二回痙攣させて、それからうっすらと瞳を開いた。
「あーかわせー、お前くるの遅いー」
とぼけた口調で航平が言うのもおざなりに、川瀬はニヤリと笑いかけた。
「めちゃくちゃイイ話があるよ」
簡単にくちづけをして、それを気付けにして航平の意識をちゃんと覚醒させる。
「何、イイ話って?」
最近、”イイ”という言葉に過剰反応を起こす航平らしい不信感に満ち満ちた口調。
だが、この”イイ”はあくまで航平レベルの”イイ”だ。………この”イイ”だけは、というトコロが問題なのかもしれないが。
「お前さ、伏犠まだ見たことないだろ?」
伏犠とは、航平がただ今夢中になっているゲーム「真三国無双2」の隠しキャラである。かなり迂遠な手順を踏まなければこのキャラを登場させることはできない。ゆえに航平は今だ伏犠を登場させえずにいた。………が、
「俺ん家に伏犠いるんだよなぁ〜?」
「えええええっ!!!!!! うそ、マジで!? だって、伏犠って、劉備と曹操と孫堅クリアしないといけないんだろっ!? 俺なんかまだ曹操も出てないのに!」
なんでお前が………とばかりに航平の寝起きの頭はすっかりと冴え渡り、嫉妬と好奇心をいっぱいにさせた視線を川瀬に送ってくる。プレイ時間なら、自分のほうが大きく上回っているはずなのにとその視線は語っている。
(そんなのは当然、俺が手際がイイからだ)
川瀬は意地悪い流し目を送ってみせた。
「真三国無双2」をやっているのは、それに航平がのめりこんでいるから、話題を合わせるためだけである。川瀬はああいうボタンを連打しまくるようなゲームはもともと好みではない。が、攻略なら容易い。ネットをつなげてそういう情報をし入れるだけだ。結果、わかったことはゲーム性を大幅に下げるものの簡単にクリアするやり方として―――説明すると、ゲーム難易度を「易しい」に設定して、一定レベル強くしたら、1Pで最弱キャラをロードして2Pで育てたいキャラを操作するという荒業。そうすることで、こちらのレベルに合わせて強くなる敵のレベルを下げたままにできるのだ。ま、要は法にも何にでも抜け目はあるってことだ。ゲーム性は確かに撃沈するが、川瀬はゲームを楽しみたいわけではない。それをダシにして、楽しみたいモノがきちんとある。
「伏犠、見たくない?」
舌なめずりするように問う。
”イイ”が全然全く危険でなさそうで、しかも本当に”イイ”話で、航平は目に見えて態度を軟化させていた。その上、「伏犠かぁ……伏犠、フツギ」と、期待のあまりぶつぶつうわ言まで言うありさま。
「見たい?」
駄目押しで訊く。パフォーマンスとして、わざと素っ気無い口調で。
航平は慌てて川瀬に飛びついた。ぎゅっとその手を握る。
「見たい!」
「じゃあ、今日ウチに来る?」
「行くっ!」
らんらんと瞳を輝かせて速攻で返答する航平。
――――獲物は狙いどおり、単純に罠にハマってくれた。
川瀬はにっこりと笑顔を作っていた。満面の笑み。自然とこぼれていた。
「楽しみだな」
心のそこから、そう呟いていた。
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