「君に明確な答えというものを求めているわけじゃないんだが………」
唐突に隣人の堺さんが真夜中12時過ぎに訪ねてきてそう切り出した。
言っておくが、俺と堺さんはマンションの隣人という以外の接触点は皆無である。つまり、こんな真夜中に非常識に突然お宅訪問されて笑って許せるような間柄では全然……ぜんっぜん、ないってこと。
なのだが―――金曜土曜と真夜中過ぎまで飲み屋のバイト、で日曜の今日は朝から夕方までボウリング場でのバイトっていうきっついスケジュールが終わってぐたぐたに疲れてた俺は追い返すという精神的余裕すらなくて、ただぼ〜っと玄関先に突っ立って堺さんを見上げるばかりであった。
「ほらね、そういう顔をしてまた俺を悩ませる………やはり答えは君しか知らないのだろうか?」
ため息を疲れたところで、言われてる意味の1ミリグラムだってわかんねえぞ?
てか、教えろって一体どういう言いがかりなんだよ……もうちょっと元気ならそういう風に頭に来るのかもしれないけど、でも今は相当疲れてて怒鳴る気力はゼロ、だ。
「―――堺さん………」
頼むから帰ってくれ………目で大迷惑だって事を最大限にアピールして見せる。
が、その視界で信じたくない比率で堺さんの顔が拡大していって………
う、うげぇ………
この生暖かな唇への感触は………
う、うそだろぉおおおおお????
眠気とか疲れとか全体的なだるさとかそういうのが全部吹っ飛ぶぐらいの強烈な出来事。どんな高い栄養剤飲んだって、こんなに活力が復活することはないってぐらいの勢いで目を見開いた。
「っ………!!!!!」
キキキキキス、してるぞこの男?!
この俺に、俺にっ――男の俺に!
やめろって叫ぼうとした俺の口があいた瞬間に、すかさずヤツの舌が入りこんできて言葉を塞ぐ。その上俺の口ん中でふざけんなってぐらい暴れまわりやがって………体力なんか底切れしてる俺はあっさり両手首捕まれて抵抗のしようすらなく、されるがまま玄関先で熱烈キスシーンだ。
うぎゃああああ、ちょっ………まっ!
必死になにか言おうと舌を動かす…その動きを利用して絡まされる。舌の先っぽをちょんちょんつつかれた時、俺の理性の一部分が軋みを上げた。
「んぅっ!」
あああああああああ、なんてゆー声を上げてんだ、俺!
まっ切りそうになる理性をかき集めて根性でこらえてみせる。じゃなきゃ、ノックアウトで腰にキそうな刺激に絶対落ちる。
お、落ちるってよ〜、オイ。
自分で考えておいて自分で突っ込んでみるほどの慌てぶりの俺。
に、比べて目を閉じてこころゆくまで味わってる風の堺さん。
ヤバイぞ。コレは、すでにココら辺でレベルの違いが出てるぐらい俺に不利っぽい。具体的にじゃあどこらへんがヤバイのかってそういうのは恐ろしく口には出せないけど、激しく危機感煽られまくりって感じなのだ。
ようやっと口を解放されたときも、10秒間ぐらいは硬直しちゃって堺さんと見つめあってて………
「宇和島くん、教えて」
唇だけで囁くような声。
教えてって………
堺さんの真剣な眼差しを正視することが出来ない。
で、でも………
「お、おおおおおお教えてほしいのはっ、俺!」
この状況、真夜中、俺バイト明け、堺さんただの隣人で、ココ玄関で―――んでもって、キス!
キスっ!!!!!!
「なぁっーーーーんで、俺にキ………っぐぅうううう!!!!!!」
みなまで言わせず堺さんが俺の口を手で塞ぐ。
「夜中だよ宇和島くん」
冷静な一言。
オイオイ。
その夜中に友達でもなんでもない隣人でしかない俺んちに来て図々しくもキスしたのはどいつなんだ?
え?
しかも教えろって俺が何を知ってるって言うんだ?
そういう文句をもごもご塞がれた口の中であげつらう。
てか、もう、堺さんを追い払ってベッドに戻って寝たい気分なんだけど、二の腕をがっちり掴まれててそれすら叶わない。
ちくしょ〜って睨んでやる。
「ほらね。そうやってまた俺を苦しめる」
我が耳を疑うようなセリフが降ってくる。驚いて見上げた堺さんの案外真剣な眼差しに掴まって、言いたい言葉が喉の奥の方で押し留まった。
「君は俺に何をしたんだ? 最近、君のことばかり考えてる。そうすると俺の心拍数は正常値のゆうに1.5倍になるんだ。昨日測ってみたからこれは確かだ」
心拍数を測ってみたって………ああ、そっか、堺さんって医学部の人だっけ?
なんて場にそぐわずのほほんと思いついて、それからようやく内容が頭に入ってきた。
―――心拍数が上がる?
走った……って事はないだろうし、病気なら医者の卵の自分が一番先に気付くだろうし、風呂入ったとかいうバカらしいオチはまずなかろうし―――
それにさっきのキス。
思い出したら顔から火が出てきそうだけど、しっかり舌まで入れられたのだ。
もう一度確認すると、ホントのホントに、そりゃもう入試の発表聞いてるときってぐらい真剣な堺さんの顔。
………
ま、まさかなぁ??
あまりにもバカらしい”答”を思い付いてしまい、そんなコトを思いついた俺自身に動揺する。肩がビクリって揺れて―――なんか、いかにも思い当たる節があるって丸わかりじゃんかよ〜〜〜〜〜俺!
「……やっぱり、君は知ってるのか?」
掴まれた腕にいっそう力を入れられる。堺さん、真剣すぎで怖いです。
相手が必死なのに、かくいう俺は疲れからくる非現実感っていうのかわかんないけど、失調感?
堺さんと反比例でなんかもーどうでも良くなってきて。腕掴まれながらにへらって笑ってしまった。
「堺さん、俺のこと考えてたら心臓バクバクになんの?」
あんまりバカらしこと考えついたからなのかね。
さっきのキスとか、でもそう考えるとしっくりくるしなー。
………って、そういう風に解釈できるあたり、俺のこの時点での思考回路はほぼ確実に普通じゃない。―――と、まあ、そういうのは実は後からのこじつけで、これから起こる事態に対しての自分へのいいわけで、いわゆる、そう、後悔は先には立たないけど、後からは摩天楼バリに立ちまくるってことだ。
つまり、この時の俺は小首なんか傾げて、心底疲れた目―――見方を変えるととろんと夢見る瞳で堺さんを仰いで、そう言っていた。
「あのねぇ、俺思うに、堺さんは俺のことが好きなの。だから俺見たり考えたりすると心臓バクバクでときめくんだな。わかった?
―――わかったらおとなしくもう寝かせ………っええええ!?」
叫びは、堺さんの胸に押し付けられてくぐもってしまう。
俺は堺さんにむぎゅ〜って、抱き寄せられかき抱かれ羽交い締めのもみくちゃにされていた。首筋に堺さんの顔が降りてきて、その吐息がかかる。……アツイ息。ふわって、一回、それが大きく俺の肌を吹きすぎた。
ため息?
でもため息にしては、堺さんの身を包む雰囲気が違ってた。なんかほっとしたような、でも衝撃に耐えてるような、じんわりと伝わってくる震え。
「………そうか」
今度は息だけじゃなく、言葉を伴った空気の波動が肩に届く。なんか、ぞわぞわなる感じで………
「わ、わかったら、も、帰って………」
ちょっとこの状況に俺自身、心臓がバクバクなってき始めた。
男同士とはいえ、ある意味告白されて、そんでもってその後キスされて、しかもこうやって抱きしめられてるのだ。
自分で招いたこととはいえ、これはマズイことになったなぁ〜とか、でもまだどこかふわふわした気持ちで思っている俺の体がホントにふわふわ宙に浮いたのは次の瞬間だった。
「事態が理解できた」
呟く堺さんの声。さっきまでとは全然違う、声音。たぶん、こういうさばさばしたのが堺さんの本来の姿かもしれない、けど………
なんで俺、堺さんに抱き上げられてんの?!
「それなら話は早い」
って、俺んちの玄関から離れて………すぐ横のドアの中に連れ去られて行く……って、オイ、そりゃあんたの家だろっ、俺は俺の家の俺のベッドでぐっすり寝たいの!
堺さんちの堺さんのベッドに投げ出されながら俺がおもってたのはそんなコトで、後から思うにつくづく疲労って怖いよな。貞操の危機にあるのにのんびりとしてやがる。
ベッドで上に乗っかられて、キスされて服脱がされて………乳首舐められるわ、舌で転がされるわ、太もも撫でられて、しまいに俺あんあん善がっちゃうし………そして、ついにその時がきても、まだ現実感はなくて、―――――でも。
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「ィってェええええ!!!!!!!!!!!!」
天をも衝けってなぐらい張り上げた俺の叫び。
ココに来て、そう、まさしくようやくココに来て、俺の意識はクリアに現実を認識できた。
いや、もうだって疲れた眠たいってそういう俺の意識を切り引き裂く、この現実の痛み!
ついさっきまで、ぬるぬるとした心地よさにいたのが急転直下、坂転がりまくりの崖落ちまくりだ。
イテエ、めちゃくちゃ痛エ!
「大丈夫?」
人が痛いって言ってんのに、上方から堺さんの、俺から言わせりゃてめーが他人事みたいに心配そうな顔すんなって面で声をかけられて、俺は見開いた目で現実のすべてを見、悟った。
俺、ヤられてる………
しかも、ほとんど全く全然抵抗無しに。
ああああああ、って、これじゃ、同意の上のセックスっぽいじゃぁあああああん!!!
この現実から逃避したくて、そのあまり意識を手放したいのだけれど、だらだら流れる冷や汗がいやがおうにも俺の意識を更に張り詰めさせる。息しただけで、その体の微震だけで、体内に収まった堺さんのブツが克明に感じられて………
「…ってェ………」
こめかみがキリキリ痛む。
「ああ、ごめん。できるだけユルユルにしたつもりだったけど初めてで程度がわからなくて………次からは気を付ける」
はぁ?
いや、あんた、次はないって!
そう思うのだが、叫び声以外の明瞭な言葉が上手く口から出てこない。でも必死になって、つばとか飲み込んで、その動作で体に堺さんをめちゃくちゃ感じとって、それに小さく舌打ちして………どうにか口をついたのは………自分でも驚くことに堺さんを罵倒する言葉じゃなくて、
「あ、あんた、マジ……なの?」
内心では、違うだろーとか自分に突っ込んでる俺。
せっかく声出せたのに、バカヤローとかこのくそ抜け!抜きやがれ! とかそういう立派なセリフをそっちのけで何言ってんだよぉ〜っ!
それさえきちんと言えば、状況は一気に疲労困憊した俺を堺さんが手篭めにしたって図になるのに………あああ、もお。
俺、つくづく拾う神な性格なんだよな。動物好きだし。物大切にするし。プレゼントとかするの好きだし、週2でカテキョーやってるのも人に物教えるのが好きだからで。………堺さんの不安に揺れた目を見たら、まぁ一回ぐらいなら犬に噛まれたぐらいに思って、袖振り合うも他生の縁なら俺と堺さんはマンションのお隣サンなわけで、ムリヤリ納得してやろうかなんていう気にすらなってて。それに、もう入れられたんだから、今更抜かれても入れられた事実はかわんないしさ、ちくしょー!
でも、そういう俺のお人好しな部分が、今後あだになってくるなんてなぁ………もちろんその時の俺は全然知らなくて。
「マジ……?」
「だから、俺のこと好きって」
「………寝る時に、いつも宇和島君のことが浮かぶ。顕微鏡覗いても、宇和島君を思う。人体模型のラインとか見てると、服を脱がせた宇和島君のラインはどうなんだろうとか………毎日そういうコトばかり考えていて、だが君は男だし俺も男だしわけがわからなくて―――」
形のイイ眉を寄せる堺さん。そういやこの人家に女呼んだりとかそういう浮ついたところが一切無い雰囲気漂わせてて、さすが医学部は違うぜ〜とか思ってたんだった。
けっこう悪くない面してんのにもったいないねぇ―――という男が、今現在俺を犯してんだから驚きだ。
「それで今日、限界に来たってワケ?」
「限界……いや、本当に答を求めていただけで、得られた答に至極納得できただけだ」
………オイオイ?
「納得って……あんたの頭にゃ問題と答が一個ずつしかないのかよ!?」
さすが理系。コレが答だけどこういう考えもありだっていう、現国記述問題的なイロイロうだうだ悩む文系頭の俺には想像もつかない。
ふざけてしまう俺とは逆に、堺さんはいたって真面目。
「宇和島君が好きだ」
好きならヤるのかよ〜!!!!!
しかも、話している内に俺が慣れてきたのがわかったのか、緩やかに腰を動かし始めた。
「………ぁ、ちょ……っ!」
突然再開された行為についていけない。
痛みは意外なほど遠のいていて、どちらかっていうと、先端の太いところが体内を擦る刺激が………なんか、こう、キワどくて。その上で堺さんの右手が俺のを結構きつめに扱くんで。
「や…ぅっん」
いかん。マズイ。
激しく不本意な声が口から漏れる。
「ねえ、宇和島君教えて」
少しだけ声を弾ませながら、耳元でささやく堺さん。………てか、堺さんがそこまで口近づけるからには体は俺のほうへぐんって深く進むわけで。
「くぅー―――――っ!」
押し殺した吐息が、噛み締めた歯の隙間からもれ出た。
「どうやったら気持ちイイって言うの?」
それがからかうような口調なら俺だってそう悩みはしない。でも、堺さんの声音は生真面目すぎるほどで。一途で。
い、犬に噛まれたって。
ホント?
コレ一回限り?
あーっ、なんかやな予感だ。
俺、犬に噛まれたってそいつがこんな目してきたらもしかしたら拾うかもしんない〜〜〜〜〜!!!!!
「ん、あっ………うぅん」
ヤバイヤバイヤバイっ!
「ね、教えて」
教えたら、あんた理系頭であっさりその通り悩みもせずにするんだろー――――っ!!!!!!
俺の頭は心身にくるとびきりの刺激でひっちゃかめっちゃか。
ぎゅん、ぎゅんって堺さんのブツが掠めてる、ソコ。
絶対、ソコ、めちゃくちゃヤバイ。
ソコに当たったら、本気でぶつけられたら、ヤバイ。
のに、俺の口が勝手に答を言いそうで、俺は歯を食いしばった。
ああああああああ、俺、ドツボにはまってる?
もちろん俺のそんな疑問に答えてくれる人なんかいなくて、俺は堺さんから投げかけられた質問の方に……答を言わないって事のほうに必死にならざるを得なかったのだった。
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