少年ファイル 謎の一夜事件−検証編B−


 てなワケで、俺は今、高等部生徒会黒旺会の生徒会室にいたりする。
 ……べ、別に生徒会議会でその横の議会室には行きつけてるわけだし、全然ビビってなんかいねえぞ俺は! ましてや相手は1コ下の1年だし。黒旺会副会長とはいえ、1コ下だもんな!! ……い、いくら黒旺会じゃあっちが立場が上っていっても、俺のが1年上の先輩なのだ。そうだ。俺、がんがんに言ってやれ! がんがんだ!
「先輩、こめかみがぴくぴくしてる」
 なのに、このバカはそんな細かい指摘なんかしてきやがる。普通そういうのって、見てみぬフリをしてくれるもんだろ、おとなしく横に控えてろよ、くそっ。
 俺は舌打ちしたいのを押さえて、キリっと菅原を晴眼の構えのごとく見据えた。当の菅原が、俺の緊張なんてどこ吹く風でニヤニヤしまりなく笑ってるのが鼻につく。しかもそんな表情をしているくせに、どことなくサマになってるのなんか、めちゃくちゃ癪障る。そう、つまるところ、さまざま難癖をつけて斜めに見てしまうぐらいには、俺は菅原の事が嫌いで苦手なのだ。
「はっきりさせろよ、菅原。オマエ昨日の夜、俺の部屋に来たのか来なかったのか」
 加藤みたいにくどくどしい説明なんかしてやらない。決して、余裕がないからとかじゃないんだぞ。お、男なら直球ストレートで勝負なんだ!
 昨日の夜という名のミットに怒りの直球を投げこむのだ!
 昨夜、俺の部屋に来たのなら当然アウト。
 挙動不審も速攻アウト。
 言い逃れのごとく、適当にお茶を濁すのもアウトだろ?
 てか、そもそも「行ってませんよ〜」なんて答えで納得できるわけあるか。誰か―――そう、波多野のようにアリバイでも証明してくれない限りはなぁ!!
「どうだ、何か釈明なりできるのか?」
 俺は鼻息をふんふんさせて、菅原に詰め寄った。すると、ちょっとたじろったように、菅原は上体を軽く反らした。会長用の机に寄りかかった体が斜めに傾ぐ。
 うぎゃぁ、やっぱコイツアヤしいし!
 菅原が、両手を上げたのを「降参です。俺が悪うございました」のポーズだと解釈した俺は、勢い良く―――それこそ、鬼の首を取った桃太郎もこんなだったろうなってぐらい、盛大に勝ち誇ってみせようと、して……その一歩手前ぐらいで踏みとどまった。
 な、なんだ? ナゼこいつはこんなによゆーしゃくしゃくな面なんだ?いや、ってよりか、こいつのこの表情って………含み笑いというヤツではないのか!?
 俺は疑惑の眼差しを菅原に向けた。俺に視線を合わせていたはずの菅原は、その瞬間に視線を後方にずらした。
「……って言ってるけど、加藤?」
 口の端をくっと内に沈め、揶揄するように加藤に問う。
 はぁ!?
 だからなんでココで加藤!? ――――とばかりに、俺は瞬間最速動作でまず菅原、次に加藤を睨んで、余計な脇道に話をずらすなとどなろうとした。
 んが、しかし!
「お前な………事態をより複雑に混迷化させたいのか?」
 眉根を思いきりひそめて、顔中に「大迷惑!」と書き殴ったような表情をした加藤に、またもや先を取られてしまう。
 だーかーらー、外野は黙ってろっての!!
 事態をより複雑に混迷化させようとしてんのは、オマエの方だろーが!
 俺は先輩権威をフルに動員して、加藤を控えさせるべく見据えてやった。ったく、オマエいつからそんなに積極行動派キャラに成り下がったんだよ。いつもどおり、俺の補佐に徹しててくれよな! くそっ!
 んが、しかし。やっぱりというか、事態は俺の思い通りには全然推移してくれない。昨日の夜以来、俺の運命線は下降しつづけているというのか。当事者で被害者で痛む腰とケツの穴を我慢してまで犯人を捕らえようと躍起になっているこの俺を置いてけぼりにして、事態は突き進んでいくのだ。
「そう突っかかるなっての。一応確認とってみただけだろうが」
 俺が加藤に振り返った途端、菅原のちゃちゃが入る。ドイツもコイツも…!!!!と俺がハラワタ煮えくり返しているってのに、ぎっとりと睨み上げた俺の頭頂部を、加藤はあろうことかさわさわ撫で始めたのだ!
 あああああああああ、だからさ。俺オマエラのイッコ上なんだけど!
 なんともいえない情けなさに、がくんと肩が落ちる。そうこうしている内に、加藤と菅原が二人して話をずんどこ先に続けていった。
「……お前の『一応』は考えなしではた迷惑なんだよ」
「お。在りし日の教訓を思い出すねー」
「……お前は一生反省だけしてろ。―――で? 事態を混迷化させる意図はないんだな?」
「ナイナイ。有り得ない。今回に限っては、俺は天使にだってなってやろう」
「胡散臭いもんだな」
「酷いな。酷過ぎる。己のオトモダチを信じなさい」
 芝居がかった菅原の台詞に、加藤は脱力したようにため息をついた。
 つか………そう、そうなんだ。コイツラ割と親しい方の友人関係結んでるんだよ。そこからすでに大問題なんだよな。だって、どうして堅物の加藤と一癖も二癖も有りそうな菅原が友情を結べたんだ? もしや、堅物だと思っていた加藤も裏の顔があったりするのか!? ……いや、まさかまさか。友情なんてのは、男の場合、1個でも話のネタが合えばそこから連鎖的に繋がってゆくもんだし。コイツラも、きっと生徒会関係あたりで話がかみ合ったのかもしれない。こう見えて、菅原ってかなり出来る奴だしな。
 加藤はもう1回、俺の頭の毛がちょっと揺れちゃうぐらいのため息を吐き出した。
「………お前の理性と友情とやらに期待する」
 言うと加藤は、俺をくるんと菅原に向けて振り返らせた。
 ヤツの言い分を聞けってことかよ。でも、加藤のクソバカ、頭のてっぺん触ったまま、そこを軸にして俺を回転させる事ないだろ!! 俺はコマかっての!「そりゃまだ、どーも」なんて呟いた菅原も、俺の醜態を見て噴き出しやがった。
「かわいーねぇ、高野(こうの)先輩って」
「うるせー、クソガキ」
「余計な事を言うな」
 三者三様で言葉が飛び交う。
 あー、もう。かったりぃ!! つべこべ言わず、さっさと吐きやがれ。
 俺は加藤の手を振り払って、再度菅原に詰め寄った。
「だからさ、オマエがはっきりしとけばいいんだろ! どうなんだよ、え!! キサマが昨夜、俺をお…犯しやがったのかどうなのかっ」
「犯すってまた、ストレートな表現で」
「うるせー、ストレートもへったくれも、俺は元々完全ノーマルストレートな男なんだよ!! それを……それをキサマっ!!」
 くそっ。こんな時に限って、声がどもっちまう。喉の奥まで熱くて、ヤバイぐらいに泣きそうだ。背中に加藤の気配を感じ取れなかったら、このままどばーってナイアガラの滝を両眼から迸らせてたかも。マジ、それって情けないし。
 熱を冷ますように俯いた俺に、菅原はコホンと咳払いをしてみせた
「いや、先輩。もったいぶって悪かったけど、正直に言う。昨日のその件は俺じゃない。全然違う。てか、もっと他にあてはないの? 何か、誰か思い出さない?」
 誰かって……あとはもう、相川くらいだけど。
 だけど。だけど、だ。
「俺じゃないって、そんな簡単に信じられるかよ!!」
 俺は拳を握りしめて反駁した。
 ふざけるな。騙されるものか。おまえのディベート術にかかんねーぞ!
「証拠とか、アリバイとかないと……口だけだったらなんでも言えるだろっ!」
 がるるるるるぅっと威嚇も入れとく。冷まそうとした熱は、沸点を超えてしゅぽしゅぽ蒸気を発してやがる。ああああ、この熱気を菅原の脳天に叩きつけてやりたい。
 菅原は軽く視線を伏せてから、はっきりと俺を見つめてきた。なんとも言えない微妙な笑みと、その視線の凄みとのギャップに俺はたじろいだ。
 でも、その口がきっぱりと告げた台詞は、俺をさらに最高に最悪にたじろがせた。
「えっ……えええええええええええ!!!」
 今コイツなんて言った!?
 パチパチと瞬きをして素っ頓狂な声を上げまくる俺に、菅原は微妙な笑みを弾けさせた。
「いや、そんなに驚かれるとは心外だな。俺にも、心から愛を捧げる人ぐらいいますよ」
 いや、こっちこそそんなにさらりと言われるとだな……
 ”愛する人がいるのにどうして他のものに目を向けられようか”って……よーオイ!! あんまりクサイ台詞と、それを言ってるのが菅原で、そのくせこいつ結構笑ってるしで、もぅパニック寸前。
「ウソだろ、オイ?」
 声も裏返ってるし、俺。
「いーえ。大真面目です。証拠なら加藤ね。俺の恋の相談相手」
「え、…ええええええええっ!?」
 さらなる新事実に、俺は仰天して加藤にどんぐりまなこを振り向けた。加藤は口元を覆っていたが、その口がひどく小声で「事実です」と告げてるのが頬の筋肉の伸縮でわかった。
 うぎゃあ、マジかよ。マジですか!
 げに恐ろしき黒旺会副会長の菅原が恋に悩めるセイショーネンで、しかもその相談相手が、この―――どこからどう切断してみても堅物・真面目が出てくる金太郎アメのような加藤だとぅ!?
 俺は会長用の机にもたれかかった菅原に覆い被さんばかりの勢いで詰め寄った。
「………だ、誰!?」
 思わず単刀直入に聞いてしまう。菅原はクスリと笑うと、体をこころもち横へとスライドさせて俺の包囲網から逃れた。
「そんなのは秘密に決まってます。俺にとっては、こんな風に冗談めかして告げていい名じゃない」
「はぁああああ?」
 うわ。すげぇクサイ。クサイけど、クサイなりに真実めいているぞ!!
 でもそうすると、それが真実と仮定すると、菅原の行動って結構矛盾じゃないのか?
「そうだよ、オマエ、前に俺にキスしやがったくせに」
「ああ」
「ああじゃねぇよ。ワケわかんねぇ、わかるように言ってみろよ!」
 あああああああ、なんか俺って「別れたいなんて!! 別れたい理由を言って!」なんて旦那にすがり付く団地妻みたいだな!! いや、別に決してコイツが犯人であって欲しい訳じゃないのだ。そうじゃないけど―――ああああ、なんかめちゃくちゃ混乱中だよ、俺。
 菅原はくすくすとさも可笑しげに笑いをこぼした。
「わかるように説明すると、俺としてもイロイロ外圧があるんで―――簡単にアウトラインだけ言うと、アレは純粋な“実験”だったわけで。俺の日頃の研究と思考帰着の回答を得たく行動したんです」
 菅原は俺から視線を外すと、ふと、俺の後方に視線を投じた。何時の間にか、コイツのデフォルトである片頬吊り上げた、人を小バカにしたような表情になっていて。
「まぁ、その後、少々痛い目にあいましたが、俺としては実験は大成功だったわけで。……先輩には失礼をしました。改めて謝罪します」
 菅原の視線は完全に固定されていて、その菅原を一心に見詰めていた俺には、その視線の延長線上に、苦虫をかみ締めまくったような顔をした―――加藤がいたなんて、そんなこと、全然気付きもしなかったのだった。

 * * * * * * * * * * * * * * * * * *

「先輩……その、痛くない?」
 いまだ全てを得心していない感の多々ある俺は、生徒会室から続く廊下を、なんだかフラフラしながら歩いていた。
「何が?」
 加藤への返事もかなりおざなりになる。加藤は苦笑すると、「いや、なんでもありません」と呟いた。
「……残るは一人ですね、先輩」
「…ああ、うん………そうだな」
 ダメだ。なんかぼんやりしてる。まあ、さっきの菅原の話があんまり衝撃的だったから、だから頭のネジがいくつか吹っ飛んだのかも、だ。
 だって、コイツが―――この堅物が恋の相談相手なんだぜ?
 しかも、相談しているのが、どう見たってソレに関しちゃ数段はレベルの高そうな男、菅原だし。
「オマエさ……」
 何か言おうとして、俺は慌てて口を噤んだ。いや、いまはコイツの恋愛うんぬんだとか聞き出しても詮無いわけだし。
「なんでもない」
 首を振って告げた言葉は、その語尾がタイミングよく加藤の台詞にかかった。
「……先輩」
 柔道で鍛えた大柄な体によく似合う低めの声。俺の後ろを歩く加藤が、その低い声で話しかけてくるのは―――もちろん話しの内容によるけど、ホントは結構嫌いじゃないんだ。
「なんだよ?」
「いえ、少しは思い出したのかな、と」
「……う。思い出すも何も、相川見つけ出して叩きのめすだけの話だろ、関係ねーよ!!」
 こんな風に、痛いところを突いてくるこういう台詞のが多いのが、加藤のタマどころじゃなく激しくキズなところなんだよな。まぁ、酒の飲み過ぎで正体不明のべろんべろんになった挙句、ヤられて記憶も飛ばした俺のが、悪いと言えば悪いのかもしれないけど。
 加藤はフラフラしながら歩いている俺を支えるような位置どりで、歩幅を合わせてゆっくりと続いていた。ちょうど死角になっていて、その時加藤が視線を窓の外へ逃がしたのを俺が知る由もない。
「傷つくなぁ、と」
 そして、ぶつぶつぼやいていた俺には、加藤のため息もその呟きも聞こえては来なかったのだった。
                                        (03 03.05)



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