少年ファイル 謎の一夜事件−検証編C−


 相川のクソバカを探し始めて早1時間。
 いねぇ。まさしくどこにもいねぇじゃんかよ、クソっ!!
「か〜と〜う〜っ!!!!」
 俺はぶっちりと己の堪忍袋の尾が切れる音を聞き取っていた。振り向きざま加藤にガンたれる。
「オマエの言うところの『心当たり』にはすでに2度ずつ回ったのに、どこにもいねーじゃねーか!! ああああああ、クソっ。こうしている間にも、アイツがのんべんたらたらとしていると思うと俺の怒りが逆巻く渦巻くトグロ巻くっ!!」
「まぁまぁ、落ちついて」
「これが落ちついていられるか! アイツ、やっぱりアイツなんだよ! 一番犯人らしいやつがやっぱり犯人でしたって言う、ある意味大穴のオチだった訳だ! 授業にも出てこなかったのも、そりゃ、俺に顔合わせ辛いよなぁ!!」
「……そうかなぁ?」
 フ抜けた加藤の返事。振りかえった姿勢のまま、俺は階段をのしのしと後ろ歩きで踏み上っていった。階段の高低差を活かして、加藤の眉間に垂直に人差し指を突き立てる。
「そうかな〜、じゃねぇ!! そうなんだよ! 犯人の心理ってヤツだ!犯人は24時間以内に犯行現場に戻ると言うだろう、ソレと同じよーなモンだ!!!!」
「……それって全然違うんじゃないんですか、と―――」
 そこで加藤は言葉を引き取った。さすがは、というか……俺の爆発の兆候にいち早く気付いたのだ。長年の経験がそれを告げたのだろう。うかつに俺を刺激しないようにか、うっすらと表情を崩した。落ち着き払った低音で告げる。
「まぁ、何にせよ、もうすぐわかりますよ。何もかも」
 何もかも―――何もかもってなぁ!!
「だーかーらっ、オマエみたくダラダラしてたらダメなの!! わかるか、わかってんのか!?」
 いやわかってない、と言いたげに俺は首を横に振った。
 そして後ろ足のまま、また一歩階段を上がると、俺は確認を取るように加藤を上から見やった。
「つまり、教室にも部室にも屋上にも学食にもどこにもいないとなると、ヤツは罪の発覚を恐れて己の自室に立て篭もっているとみた。これもまた犯人の心理ってヤツだな。わかるかね、無知蒙昧なる助手・加藤よ。我々は急ぎ、犯人確保へ向かわねばならないのだ!!」
「はあ……」
 俺の威勢に加藤の間抜けなため息が重なる。ホント、ノリの悪いヤツ。
 かと思えば、こうやって結局最後の最後まで付き合ってはくれてるし……
 なんだかんだ言って、アリバイやら動機やらをセットした上で容疑者のうち2人の嫌疑を解いて、容疑者を相川一人に絞り込めたのもコイツのおかげとも言えるし……
 ま〜、この騒動が収まるトコに収まったら、なんか奢ってやろうかなって気もあるにはあるってことだ。ちょっと奮発して焼肉定食大盛りプラスワン分ぐらいは感謝してるのだ。うん。
 でも。まあ、でも、だ。
 俺はうひひと口端をつりあがらせた。無意識で指先が踊っている。
 そのためには、いち早く相川のクソバカを見つけ出し叩きのめしブチ倒してゴメンナサイと平伏させて平謝りさせることが、何より先決なのだということだよ。そう、この手でヤツをコテンパンにお仕置きしてやるまではなぁんにも、終わらないし始まらない!!
「急ぐぞ」
 目標の定まった俺に、その勢いを止められる者などいない。そう言わんばかりに弾みをつけて階段を駆け登ろうとした俺の耳に、加藤の深い吐息が届いたのは、その時だった。
「確かに早くカタをつけたいですね……」
 口先だけで呟いたような、小さな囁き。
 それが脳みそまで伝達されてきた瞬間、俺は自分でもわかんないぐらい、瞬間発火って形容がつけられるぐらい、いきなり感情を爆発させていた。
「なんだよそれっ!!?」
 二階の踊り場にあと一歩で足がかかるって位置で、くるんと振りかえって加藤の胸倉を掴む。ぎゅってそこを掴み上げた時には、俺の視野は怒りで極端に縮まってた。
 なんなんだよそれっっ!!?
 体内の血という血が、脳みそになだれをうって逆流しているカンジ。一瞬で、頭ん中がはちきれそうになった。息が熱くて、喉が焼き切れそう。
「そりゃ面倒臭いよなぁ!!! 酒にヤられた上男にもヤられた先輩の面倒なんか、早く済ませたいよなぁ!!」
 気が付いたら、やたらとでかい声で叫んでいた。語尾がねっとりと絡んできそうな、ヒス入りまくった嫌な声。顔なんか絶対ゆがんでる。
 もちろん、頭のどこかでは、自分がどれだけバカなこと言ってるかってことぐらいわかってた。むちゃくちゃだって。むしろ面倒臭くて当然、当たり前だろって。
 でも、そういう冷静な思考ってのはうねり立つ感情に支えは利かない。
「先輩?」
 突然の俺の爆発に、加藤が心配げに眉根を寄せてこちらを見上げる。
 オマエが。
 でも、オマエが………!!!
 必要以上に頭に来ているのは自覚していた。早くカタをつかせたいなんて、そんなの当然だってのに。なんかまるで、まるで違う意味でもあるみたいに感情爆発させてて。
 ―――オマエがそんな風に言うのはヤダって?
「………クソっ」
 パンクしそうな頭を振ったのがマズかった。いきなり視界がぐらりと傾いだ。
 あ、ヤバイのかも。
 そう思った俺は、自分が階段を転がり落ちる様をありありと眼裏に浮かべながら、きつく目を閉じた。唇をかみ締める。
 ふわりと体が浮く感覚がして――――
「先輩!!」
 けれどその無重力感は、腰と肩をがっしりと捕らわれることであっさりと消え去っていた。
「あぶないなぁ。まだ体が本調子じゃないんだから……」
 胸元深くで抱き留められたせいか、加藤の囁きは耳朶すれすれで、その吐息が感じられるほどで。
 脳みそを直撃していた台風が、突如心臓に到来していた。
 その切り替えはあんまりにも突然過ぎて、自分の中の変化に、自分が一番対応できなくなる。
「あ……え、と…っ!!」
 階段の中腹で、俺は必死こいて加藤から離れようともがいた。じゃないと、心臓がどくどく太鼓打ち鳴らしてるのバレちゃうし。転落の危機を救ってくれたお礼もなしに、「は、放せよ加藤のバカっ!!」はないだろうって気もしたけど、でも。でもっ。
「貧血でしょう? 俺が手を放したら、先輩階段を転がり落ちちゃいますよ」
 な、なんて……耳元で囁くなよ、加藤のバカっ!!
 心臓、余計バクバクなるだろっ。
 ああああああああああああ、なんか、俺変だ。
 変。さっきから、すげぇ……変。
 絶対おかしい。
 だって、なんで、こんな……ド、ドキドキしてんだ!? この心臓バクバクって、ドキドキとすげぇ似てる。似てるけど、だって変だよな。変。絶対おかしいだろ。
 加藤が下を向いた俺を覗きこもうとするから、俺は見られない様に必死に顔を動かした。そうすると、一番手っ取り早いのは、加藤の腕の中へ顔を埋めちゃうことで……
「……先輩、と」
 加藤の気を抜かれたような、素の声。いつもみたいな後輩後輩したしゃべり口じゃないその口調は、なんだか心の琴線に引っかかる。
「え……」
 加藤の腕の中で、俺はもぞもぞと体を揺らした。
 なにかが、フラッシュバックを起こしそうな感覚。いや、違って……夢の記憶? あれ、こういうのって……デジャブとか言うんだっけ?? え?
 じゃあ、既視感??
 …ん、 違う、よな。そういうのじゃなくて、この体温のあったかさとか、既視感で済まれるモンじゃなくて………確かに俺が、実感したものであって。―――えっと。
 だから?
「かとう……」
 腕の中から、ワケのわからない衝動で加藤を見上げた時だった。
 はっと表情を強張らせた加藤を、下から視界に捉えた、その時。
「んんっ!!」
 痛いぐらいの力で、加藤に抱き寄せられた。「か、かと…う?」って呟く声も、加藤の服に吸いこまれて消えちゃうぐらいの深さに抱え込まれた、その耳に、
「あ〜れま、公衆の面前でラブシーンですか。羨ましいなあ」
 特有の軽い口調で、いつものノリそのままの相川の声が、鼓膜を震わせたのだった。

 * * * * * * * * * * * * * * * * * *

 寮の階段なんていう、人通りも激しければ人目にもつきやすい上、話し声なんか廊下をつき抜けてどこまでも響いていくような、事後に絶対困ることになるような場所で、そのまま「相川てめーふざけんな!!」とやりだすワケにはいかない。さすがの俺でも、そのぐらいの配慮は回す。そういうわけで、そこから一番近くて人目と聞き耳をはばかる必要のない場所ってことで、2階角の俺の部屋へと俺たち3人は場所を移動した。
 心臓は、なんだかまだ余熱を持ってる。
 この部屋へくる途中も、まだフラフラが治まらなかった俺の腰辺りを、加藤に支えられながら歩いてて。部屋の扉をくぐる時、そっと耳元で囁かれても、あんまり騒ぎ立てる気にはなれなかった。「菅原の時は先輩に任せたから、今度は俺の番ですよね」って、スゴイおかしな気もしたんだけど。
 まあ、コイツに任せてたら悪い風にはならない訳だし。
 ハンムラビ法典を掲げてたのはほんの少し前だったってのに、毒気がすっかり抜けちゃったカンジだ。目の前に、ただ一人に絞られた容疑者・限りなく黒い男、相川がいるってのに……睨み一つ、まともに入れられない。
 なんだか、頭のどこそこに、なくなったはずの記憶のかけらが散りばめられていて、変に気持ちをそっちにもってかれてるような、そんな気分だ。上の空ってヤツ。
 加藤が要領よく経過を説明するのにも、俺は話半分で聞いているだけだった。
「……へぇ」
 全てを聞き終えた相川は、アゴを軽く突き出すようにして相槌をいれた。探るような視線を巧妙に押し隠して、気のない素振りをしてみせる相川。それにも、ウマイことしらばっくれてるなぁってそう思っただけで。
 ――――だけど。
 だけど、なぁぁ、加藤っ!!
 まさしく寝ぼけた横っ面をはたき飛ばした目ざます、そんな劇薬じみた効果を持った加藤の言葉で、俺はぼんやりモードを一瞬で彼方に押しやっていた。
 なんと加藤は、あろうことか断定口調で、やたらきっぱりはっきり一語一語明瞭な発音で、こう言いやがったのだ。
「犯人は先輩じゃないですよね」
 ってさぁああああああああああああっ!!!!!!
 オマエはバカか!? 脳みそにムシわいてんのか!? 発酵中なのか!?
 どこの世界の探偵が、もとい探偵助手がっ、真犯人相手の最後の謎解き初っ端に「犯人はオマエではない」って言うんだよ!! 間違えるにも程があるだろ! 「犯人はオマエだ!!」だろ!! アホか。アホだろ、オマエ、アホなんだろー―――っっ!
 虚をつかれた相川も、ひとしきり両目を見開いた。そりゃ、真犯人だって、今からどうすっとぼけようかって知恵を回らせていたところに、「犯人じゃないだろ」は驚くだろ。当然だ。俺が一番驚いたんだから。
 相川はくくくっと断続的に息を吐き出すと、腹を押さえて一旦かがみこむような姿勢をとった。肩を小刻みに震わせてるのがありありと見て取れた。
 ちなみに、俺の部屋―――っても、波多野との2人部屋になるんだけど―――での現在の位置関係は、俺のベッド上に俺が胡座かいてて、その端に椅子を引き寄せて加藤が陣取って、相川は相川で波多野のベッドに背をもたれかけてるカンジだ。床に直接座りこんだ相川が俯くと、その表情は完全に隠れてしまう。肩を揺すってんのも、ナニユエなのかそこんところがはっきりしない。
 その時間にして2、3秒の沈黙に早くも音を上げた俺が「言い逃れなんてできると思うなよーっ!!!!!!」って叫び出す、コンマの差で――――相川が視線を上向けた。
 いつもの軽薄な表情からすると、ココロモチ済まなそうに口端をゆがませて、
「まぁ、出来心という言葉もあるワケで…」
 その独白は、鼓膜から流れこんで俺の脳みそん中の聴覚野を激しく乱打した。
 目ん玉飛び出そうに、やっぱりっ!!!!!!、だ。
 てめえ、キサマ、よくもしゃあしゃあと……罵詈雑言が、脳内で噴水みたいに後から後から噴き出してくる。それが口から溢れるって、一歩手前で、またもや邪魔が入った。
「嘘をつかないで下さい」
 いつものごとく、冷静この上ない声で加藤が言ったのだ。
 ………はあぁああああっ!?
 うそをつかないでください、だぁ?
 呆れ果てて、アゴが外れそうなほどに口を大開してしまう。
 神様コイツの口を封じてやってください。
 次の瞬間には、神頼みじゃ頼りにならんとばかりに、俺は後背から自ら加藤の忌まわしい口を塞ぐべく腕を回した。
 オマエがしゃべってると、話がどこか遠くの外宇宙まで散歩していきそうだ。
 俺の気持ちに同調したのか、相川も積極的に自分の罪を白状してくれる。
「嘘じゃねーって。酒に酔った高野をついつい食っちまった」
 ついつい食ったことには盛大に怒りを覚えるのだが、だかしかし、相川よくやった。罪を素直に認めたのは誉めてやろう。グッジョブだ。一発分だけ殴るのを差し引いてやる。
 それに比べて、加藤キサマっ!!!!
 いつの間にキサマはそのスタンスを変えたのだ!
「嘘でしょう。相川先輩、やめてください」
 俺の回した腕を、あっさりと柔道の返し技で跳ね返すと、逆に俺を引き寄せて技の封じ込みをしやがる。くそーっ、やめるのはオマエだっての!
 あんまりにも加藤の反応がおかしいのか、相川はにやにや相好を崩して笑い出した。
「…なんでぇ? 犯人が認めてやってんだぜ、俺だーってな。償いだって、望むだけするつもりだし、俺、高野に許してもらうまでは貢いじゃうよ〜身も心もさ」
「……相川先輩」
「まあまあ………俺ね、ホント高野のこと好きだったワケよ。いや、ま〜、勢いってヤツで最後までやっちゃって悪かったなぁ、高野」
 水を差そうとした加藤を視線でけん制すると、相川は俺に向けて片手で拝んで見せた。
「わわわわ悪いって!!!!!!」
 わーっ、くそーっっ!!!!!! ナマナマしいじゃねぇかよ、ちくしょーっ!
 しばらくぶりに、ケツの穴がうずうず痛み出してきたじゃねーかぁああああああ!!!!!!!!!
 動きを封じ込まれた加藤の脇の下あたりで、俺は一人わたわたと唇を噛んだり瞬きしたりで、居たたまれなかった。クソっ、顔なんかゆでダコみたいに赤いんだろうし。
 犯人を突き止めてやったら、絶対一発お見舞いしてやるつもりだったのに、ふたを開けてみたら、気恥ずかしさってのが前面に押し出してきやがって……い、いや、無論、あと3回深呼吸したら、この拳を叩きつけてやるんだけどっ!!
 一人で念仏唱えてるみたいにぶつぶつやってたら、加藤に体勢を返された。そのまま加藤の腕の中で、相川に向き直るようにして抱え込まれる。
「なにすっ……」
 抗議の声も、尻すぼみにか細く消える。
 だだだだだって、後ろから加藤にがっちり抱え込まれてて、体を反らすことすら出来ない俺ってば、視界から相川が消えてくんないんだぞ? お、俺を昨日おおおおおお犯した男なんだぞコイツはぁああああああああ……!!!!!!
 俺は居たたまれなさの余り、ぎゅっと両目を閉じた。右の手の平は、無意識で加藤の膝を握り締めてた。目尻の熱い感覚は汗なんだと信じたいけど……
「かと、う……」
 情けないほど弱々しい声が漏れる。なんでこんなことされてるのか、もう全然わかんなかった。てか、俺って思ってた以上に情けねぇし。
 背後で加藤がふぅって、深いため息をついた。そういうため息は、俺のワガママとかを加藤が聞いてくれる時によく聞く種類。仕方がないなって、そういう合図で。
「先輩、ちょっとだけ我慢しててね」
 そう俺の耳元で小さく囁くと、加藤は突きつける様に相川に告げたのだ。
「相川先輩、証拠は? 貴方が犯人だっていう、証拠はあるんですか?」
「証拠も何も……犯人自ら自白してるだろ、しかもゴメンナサイって謝罪と補償までついてるぞ」
 相川がまともに切り返してくる。
 しかし加藤は、いかにも挑戦的な口調で普段とはかけ離れた調子で続けた。
「犯人の自白だけで犯行を断定するのは、とても危険な行為だって知ってました? 何か物的証拠がないと困りますよ」
 そう言う加藤の右手が、滑らかな動きで俺の制服の襟の掛け金を外していく。
「だから、何か証拠を下さいよ。そうだな、例えば、犯人『しか』知らないような痕とか……ちゃんとあるんですよ、ほらね、ココとか―――」
 肩口をあらわにさせた加藤の指が、声に導かれるように詰め襟で隠されてた首筋のピンクをなぞる。突然の刺激に、俺はびくって体を揺すった。
「ココも……」
 囁きに合わせて、緩やかに指先が下へと滑り落ち、右の鎖骨の筋をたどる。その軌跡に、ピンクの淡い痕が散らばっている。俺からは直接見えはしないけど、感覚が覚えていた。心臓が、キリキリ痛くなる。加藤の指が、火傷しそうに熱く感じられた。油断してたら、変な反応とかしてしまいそうで……息を詰めて必死になって耐える。
 なんで加藤にこんなことされるのか……考えるのなんかとっくに放棄してた。その指先だけが、めちゃくちゃに感覚を揺さぶってきて、気持ちがてんでばらばらになってる。恥かしいのに、でもどこか……何かがすげぇ思い出せそうな。
「相川先輩、他の場所は? まだたくさん、痕はついてる筈なんです。わからないんですか?」
 加藤の挑むような声音。確信に満ちた声だけが室内に響く。
 ごくりと、相川が喉を鳴らしたのはその時だった。
「……そういうことかよ」
 ふっと鼻先で笑う。自棄というには得心の入った口調。相川はオーバーアクションで両手を掲げてみせた。
「へええ、加藤とやら、お前結構あざといなァ」
「……先輩が嘘をつくからでしょ」
 返す加藤は実にそっけない。突き放すように吐き出す。
「嘘、ねぇ。カワイイもんじゃねぇか、純情だよ……それを、てめぇ元から計算してやがったんだろーが、ひでぇな。俺の名誉を返しやがれ」
「出し惜しみですよ、俺だって見せびらかしたい訳じゃない」
 言いながら、加藤は一つため息をつくと、あっさり指の動きを止めた。肌蹴た俺のシャツを寄せると、ボタンをかけてゆく。
「相川先輩がさっさと認めてくれたらよかったんですよ、俺だって、機嫌がいい訳じゃないんです」
 いえ、どちらかというと、バンジージャンプ並に直角に落ちたって気分なんですよ、俺は。
 収まりきらない苛立ちを覗かせる加藤。
「だから、邪魔はしないで下さいね」
 きっちり一番上の掛け金まで掛けてから、加藤はきっぱりとそう告げたのだった。

 * * * * * * * * * * * * * * * * * *

 俺が全然事態を把握できてない内に、あれよあれよって内に、「とりあえず今日のところは退散しといてやる」って相川が部屋を出て行きやがって……気が付いたら加藤と2人きりで取り残されてしまっていた。
「……なんなんだよ」
 うう、俺ってホントはバカだったんだろうか?
 全然ワケがわかんねぇよ。
 なんで、俺が加藤に脱がされて―――クソ恥かしいキスマークなんか見せびらかしたら、相川が…犯人だって自供したはずの相川が「今日のところは退散してやる」ってことになるんだ!?
 ていうか、容疑者は3人で、3人とも犯人じゃないってなったら、一体俺はナニモノにヤられちまったって言うんだ!? ええ、全ては夢幻だって言うのか!? 俺のこのケツの穴の見た、もとい感じてしまったドリームだったって言うのか!? いや、ぜってぇそんな夢なんか見たくねぇ!!
「先輩、ホントに本気でまだ全然わからないの? 俺、先輩にもわかるようにやったつもりなんだけど、ホントにわからないの?」
 加藤が俺を覗きこむようにして、困ったように薄く笑った。さっきからかわらず、後ろから俺に抱きついたままなモンだから、そんな風にされるとめちゃくちゃ顔が近いのだ。
 やべぇ、心臓がまたバクバクになってきたよ。
「わ、わかるかよっ」
 だってお前が容疑者全部ツブしちゃったじゃねぇか。
「俺結構傷ついてるんですよ、知ってますか?」
 知るかよーっ!!
 加藤がさもしんみりとした表情を浮かべるが、オマエが傷ついたって言う理由なんか、俺が知るワケないだろ…?
 ナニかがさっきから引っかかるものの、俺はぶんぶんと顔を左右に振った。
「ひどいな、と」
 くすって声を漏らして、加藤が告げたのは俺の心に引っかかってた、そのナニかを取り除くもの。すとんと音を立てて、謎を解き明かしてくれるもの。
「最大のヒントですよ。今日は何月何日だ?」
「………え」
 言われた途端、机の卓上カレンダーを目にした俺は、眼を見開いていた。
「そ、だ……」
 そうだ。
 目をしばたく。
 すとんと音を立てて落ちていったのは、雲中のようにもやもやと立ち篭った奥にあったのは、めちゃくちゃに辛くて忘れたくて忘れたくて酒にまで頼ったワンシーン。
 それがきっと始まりの出来事で、だから今日は3月15日なワケで。
 フラッシュバックする、声。「先輩?」って、掠れた声で何度も囁かれた。熱くて熱くて、必死に肩にすがりついた。

 俺はびっくり眼のまま、加藤を凝視した。
「――――オマエ?」
 俺のその指摘に、加藤は数瞬沈黙を置き、それからゆっくりと「よく出来ました」って幼稚園児に花丸上げる保母さんみたいな笑顔を作った。

「忘れるなんて酷いですよ先輩。まぁ、でも、いいです。これから、忘れたくても忘れらんないぐらいのをすればいいだけだから」
                                       (03 03.14)




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