天国から地獄へ、というフレーズがある。
人生途上で最大級の吉事迎え、絶頂とも言える喜びからの急転直下、単にコケただけのショックとは度合いが大きく違うという意味だ。
俺にとって、先輩のその一言はまさしく地獄の門が押し開かれた音に等しかった。 「先輩……それ、主語と述語と修飾語が間違ってないんですか?」
衝撃を抑えて、どうにか確認を取る。
せめて冗談だと、笑い飛ばして欲しかったのだが……いかんせん、先輩は人差し指を繰り出して断言した。 「全くの脚色なしの事実だ。証拠を見たくなかったら、そこんところは無理やり納得しとけ」
頭半分低い位置から、俺の方を偉そうに仰ぎ見る先輩。そういう、物怖じしない態度に惹かれたのだ。無茶な企画を打ちたてて、まい進するところとか……サポートする立場からすると、毎回最高に冷や冷やさせられる。けれど、気が付いたら毎回先輩の青写真通りに事は進んでいるのだ。それは先輩が人をまとめたり、物事をこなしていくのが巧いからで、俺なんかがサポートできるのは細かい雑事ぐらいだ。でも、それぐらいでも、先輩のために何か出来るのは俺にとって嬉しいことだった。
俺はそんな先輩に、惚れたのだから。
けれど―――――
昨日はだいぶ酒に酔ってたから、だから意識が混濁しているのだと己を無理やり納得させた俺は、はっきりと昨夜の事情について話を切り出そうとした。しかし、俺の機先を制するように先輩が延々と語り出す。その「推理」に、俺は眩暈すら感じた。
―――いや、先輩は悪くないんだ。悪くない。この人はホントに酒に弱いだけだから。
だから………俺は眉間に立てじわを深く刻み込みながらも、己の中に明確な目的意識が芽生えるのを自覚した。甘い余韻を振り払うように、首を左右に振る。 「わかりました。俺にできることなら、全面的に手を貸します。……だから先輩、今後、酒は慎むようにしてくださいよ」
俺の幸せへの途上を邪魔する障害物は、これを機会に徹底的に潰すまでなのだ。俺はその時、地獄から再び這い上がるべく、一歩を踏み出したのだった。
* * * * * * * * * * * * * * * * * *
「忘れたくても忘れられないって?」
俺の言葉にきょとんとなる先輩。そういう無警戒なところが、よからぬ男どもを引き寄せるんですよ、まったく。
自分のことはちっかりと棚に上げた俺は、「だからこういうこと」と呟くと、遠慮解釈なく先輩を押し倒した。ちょうどいいことに、先輩はベッドの上なのだ。ぱふんとリクライニングに沈みこんだ先輩を、上から覆う。
「昨日のこと、ちょっとは思い出してくれました?」
にこりと笑いかける。真っ赤になった先輩は、今までになく可愛らしい。目が合うと、さらに頬を真っ赤に染めあげた。
「先輩が俺を呼んだんですよ」
「……う」
「俺に、縋ったんですよ」
「うううっ……」
「先輩にそんな風にされて、俺が我慢できる訳ないじゃないですか」
困らせたい訳ではないけれど、意地悪く指摘する。
先輩は早くも涙目になって、ふるふると小さく顔を振った。
「だって、波多野が教えてくれて……昨日がホワイトデーってヤツで、だからオマエがバレンタインの時に告白された子と会ってるってことは、付き合い始めることだって…そしたら俺……俺」
呟く声は、か細く弱い。俺は衝動的に、その唇を攫った。
「……なッ!」
突然の感触に先輩は声をなくす。驚いた表情すら、可愛い。
「先輩の独占欲なら、むしろ大歓迎ですよ。俺だけを見てたらいい。俺も先輩しか欲しくないから。―――向居には悪いけど、感謝したくなる」
驚きに目を見開いたままの先輩の、唇すれすれで囁く。
本当に向居には感謝している。
バレンタインで、いきなりチョコを押し付けてきた上、それ以来しつこく付きまとわれた。自分の容姿に自信があるゆえの行動だろう。けれど俺には迷惑きわまるものだった。
昨日も、散々無視しつづけた俺に、「バレンタインの返事を聞かせてよ」と言い寄ってきたのだ。まさか先輩に目撃されることになるとは思っても見なかったのだが、結果的にそれが吉と転んだのだから、本当に向居には感謝以外の言葉がみつからないほどだ。
「先輩、俺が他の男の物になるのが嫌だったんでしょう?」
互いの息すら感じられるほど唇を寄せて言う。
そんなことある訳ないのに。
なのにこの人は、めちゃめちゃ荒れて、ヤケになって酒を飲んだのだ。父親譲りで滅法弱い、酒量を超えたら記憶までぶっ飛んじゃう酒を。
同室の波多野先輩は、もちろん先輩の下戸っぷりを知っている。後で、いい訳のように何度も「俺は止めたんだ、そしたらこのバカグラス取り上げた俺の目の前でラッパ飲みしやがって……」と申告されている。しかし普段の波多野先輩なら、殴ってでもそのボトル自体を奪い取る筈だ。本来ならそうしてくれないと困る。けれど、「まぁ、酔わせた責任は俺にないこともなさそうなんでな。とにもかくにも、当事者間でイロイロ解決してくれや。俺は消える。今日は戻ってくる気ないから」と告げるや、意味深な笑みを浮かべて二人きりにしてくれたこと、さらに何より、昨日俺を連れにきてくれたことで収支は大きくプラスだ。
そう。
手が付けられないぐらい酒に酔った先輩は、波多野先輩曰く「バカみたいに」俺の名前を連呼しまくったのだという。あんまり大声で、その上涙混じりに叫ぶもんだから、「うるさくて敵わん、お前が呼ばれてるんだからお前がどうにかしろ」と俺を先輩の元へ連行したのだ。
その時の俺の気持ちをなんと表現したらいいものか……
向居には切って捨てるように迷惑だと突きつけた俺であるが、180度気持ちが入れ替わって彼に感謝しているほどなのだ。まさしく、天と地がぶつかるほどの衝撃だった。眼前に天使が舞い降りてきても、それに理屈をつける気にはなれないほど。
俺を視界に止めた先輩が、「かとう〜」って真っ赤な顔して言うと、ぎゅっと抱き寄って来たのだから。
互いに困難な恋愛感情抱えている身として、菅原とは散々愚痴めいた話をしていたけれど、絶対に行動に移す気はなかった。だいたい先輩も男の俺なんかに好かれても困るだけだろうから、告白する気もサラサラなかった―――というのに。
俺の理性は思っていたよりも脆かったということだ。
「先輩ね、ここ舐めたらすごく良さそうだった」
制服の上着の掛け金全部外して、ついでにシャツも肌蹴させて上半身を露にさせる。その作業の傍ら、耳朶を一舐めした。
「ヤメっ……」
「覚えてない? 昨日はすごく正直だったのに」
微笑いながら囁く。先輩の肌が目に見えてピンクに染まる。熱を持ったように火照ってる。
昨日と同じ。いや、それどころか、こんな先輩の姿を知れば知るほど、より一層欲しくなる。
「じゃ、これを覚えてくれたらいい」
いささか性急に、制服の上から先輩自身を刺激する。唇はとうの昔に胸へ移動していた。
昨夜付けた痕を一つずつ追う様に、先輩の肌に吸いつく。最終目的地は、胸の突起。掬うように舐めつけた。
「あっ…ヤメっ……」
「やめない。忘れる先輩が悪いから」
「んぅ……っ!!」
舌で突起を転がされて、先輩は身を反らせた。この人は無意識で色っぽい。本気で危ない。
「だって、オマエも……すぐ、教えてくれたらイイだけ、だろ……うぅん」
切れ切れに告げる声も、ひどく艶かしい。
「俺、酒に弱いの知ってるくせに……犯人とか騒いで、俺、バカみたいじゃ…ん」
「そんなのは予防線です。俺も独占欲は少なくない」
先輩が怪しいって思うぐらいだ。俺にとって有害な奴等に決まっている。
その中に俺が入ってないのが一番堪えたんだけれど、この際はっきりこの人は俺のものなのだ。先輩がこんな人だから、雑事は俺が担当しただけ。
ズボン越しにもくっきり大きくなった先輩のものを取り出す。先端からあふれ出た透明な液体を舐め取った。その刺激にビクンと体を揺らす先輩がいとおしい。
「まぁ、波多野先輩と菅原はもともと射程外だったんですけど。先輩にもはっきりとわからせたいって気持ちがあったんで―――」
菅原は放っておいても大丈夫だが、波多野先輩はわからない。何より同じ部屋なのだから、先輩がしっかりしてくれないと困るのだ。「俺はコイツに狙われているかもしれない」なんてあやふやな状態が一番危ない。それぐらいなら、もしもの時に「俺に気がないくせにして、俺を襲うとは何事!?」とばかりにきっぱりと抵抗できるような関係でいてくれた方が、俺が駆けつける時間もできるというものだ。昨日俺を連れに来てくれた波多野先輩には悪いが、「魔が差す」事がないとは言い切れない人なのだから。事情は察してくれたようだから、人のものに手を出すような無粋はしないと思うのだが……
しかし、波多野先輩や菅原など、所詮は射程外。一番の大物、ロックオンすべき不埒な輩の筆頭はやはり相川先輩なのだ。
俺は先輩のものを片手に包み込むと、親指で先端をこねる様にしながら上下に擦った。途端先輩の息が上がる。何もかもを体に刻み付けるように、刺激をより強くする。
「相川先輩には気をつけてくださいね。あの人の場合、先輩が俺としたってのを逆手にとって、一度も二度も、一人も二人も変わらないだとかいう強引な理屈を付けてきそうだから」
今日のことは、あくまで体勢立てなおしのために一旦引いたとしか思えない。
以後も注意をするに如くはないのだ。
ぎゅっと絞るようにそこをキツク擦り上げた。
「ああっ!!」
ひときわ高く声を上げて、先輩は俺の手の平で達した。
それを先輩の後孔の周辺に撫でるようにしてまぶしてゆく。慣れないところへの刺激に、先輩が体を強張らせる。
「大丈夫、俺に任せてて」
耳元でそっと囁く。あやす様に、昨夜そうした様に。
「先輩、すごく心臓が早くなってる」
もう片方の手を先輩の左胸に触れ合わせながら。
「……2回も先輩の『初めて』が味わえるなんて、結構お得かも、と」
「なッ……かとうっ………」
俺のからかうような言い様に、すぐさま反応を見せる先輩。
ああ、いいな。悪くない。
こうやって結局先輩は、1度目も2度目も、その次もその次の次も、ずっと俺だけにそんな可愛いところを見せてくれたらいい。
円を描く動きに合わせる様にして、中指をそこへ突き入れた.。
「んんっ!!」
途端、衝撃に耐えるように先輩は腰を浮かせた。その動きに合わせて、浮いた腰の隙間に枕を押し込む。
「先輩、ね」
指をもう一本加える。集中的に突き立てるのは、昨夜見つけたポイント。焦らすのも、回りくどいのも、それはまた今度したらすればいい。今日はただ、その身に俺を覚えこませる。
俺なんだって、とことん教えてあげるから。
程よくそこが弛んだ頃合を見計らって、指を抜き取った。
はあはあと肩で息を継ぐ先輩に笑いかけた。もちろんその両足を、大袈裟に高く掲げることも忘れてない。
「……あ、ヤメっ」
どうにか口だけの抵抗をしてみる先輩に、昨夜の泥酔して我を失った先輩の姿が重なる。
昨日はあんなに俺のことを好き好きって言ってたくせに。
自分から腰も振って、すごく可愛かった。
――――そうだな。そのぐらい、我をなくさせてしまうぐらいヤればいいのかも、と。
俺は準備万端の自分のモノを先輩の後孔に添わせた。
「大好きですよ、先輩」
声と動きを呼応させる。
俺はぐっと腰を先輩の奥深くに進めた。
(03 03.15)
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