信じられない事だけど、いや、自分が一番信じたくはないんだけど……俺と藤代との関係は、すでに1ヶ月も続いていたりする。
まぁ……言い訳するのもみっともないんで正直に言うなら、いわゆる身体の相性がイイってか―――
一人で処理するよっか、こう……なんだ、イロイロ悪くないんだよ! 高校生の分際で、藤代ってやたらウマいしさ。ぬ、抜いてくれんなら助かるというか……いや、モチロンこの俺が入れられるほうってのは、当然抵抗がない訳じゃないけど―――かといって、俺がアイツに入れるのなんか想像もつかないし……。
……。
あーっ、くそっ。
俺、誰に言い訳してるんだろな……
なーんて、ため息付きながらも、結局はこうやってオスカーの手動ドアを開けている。藤代の、「日比野さん、いらっしゃい」っていう満面の笑顔に一回頷いて、ことさら気がない風を装う俺。
―――絶対、ヤバイ気がした。
「あー……っと、日比野さん、今から時間取れない?」
情けないけど、結局目的はアレしかない俺が、観念したように藤代の陣取るカウンターに向かった途端、そう切り出された。
時間もナニも、いつも今から1、2時間はアレコレヤるくせに、いまさら何をと不審げに眉間にしわを寄せた。
「……なんで?」
「あー、こないだ言ってた愛可ちゃんの新作、家に置き忘れたんですよ。で、どうせなら寄ってったらどうか、と」
藤代はあいかわらずの笑顔で飄々と告げてきた。
あくまで基本的な二人の関係は、レンタルビデオショップを仲立ちにした客と店員。だからこそ、この店以外で会ったりヤったりしたことなんてこれまで一度たりともない。ってか、俺が客として2、3日にいっぺんの割合でココに来てるだけ。―――モチロン、ビデオを借りるついでに。
そう、あくまで藤代なんかついでだ、ついで!! 主要目的は断然ビデオの方なんだ!
またも誰かに言い訳なんか繰り広げてみながら、俺は眉間のしわを一層深めた。
「藤代クンの家?」
そんな家を訪ねるなんてコト、普通はしないだろ? 客と店員がさ。
けれど、何を思ったか、藤代は気さくに笑い飛ばした。
「親なら、今日はいませんよ。商店街の飲み会に行ったから。そのまんまどっかで潰れてると思うし。だから、そーゆー心配ないって」
「は?」
どういう心配だ?
俺がますますワケわからんと首を捻るのに、藤代はニヤリと口端を吊り上げた。
「日比野さんだって、狭かったり床だったり座ったり立ちっぱなばっかりじゃ、嫌でしょ?」
「……う」
今度はさすがになんのコトかすぐわかる。
すぐわかってしまう自分が嫌なんだけど!
「べべべべべつに俺はっ……」
「ホラまた、そうやってカワイク誘う」
「ななななななっ!!」
言葉が舌の上でタップダンスしてる。
なんで、毎回毎度、そう都合のいい解釈をするんだコイツは!!
普通に会話が成り立ってないどころか、意志の疎通すら出来てないぞ、おい。
絶句して固まった俺に、藤代が手を伸ばしてきた。そのままぐいぐいと頭を撫で回される。
「なーんて―――ちょっと期待した? 俺そこまでいつでもどこでもサカったりしませんよ。ホントカワイイな、日比野さんは」
カワイイってな……
脱力してしまう。
俺は大学3年で、成人している上お前より三つも年上なんだぞと声を大にして確認したくなる。
「期待なんかしてないっての……」
それでも口からようやく出てきたのはそんなため息ばかり。
「期待してくださいよ。もぉ、マジ愛可ちゃんノリノリだから。日比野さんも見たいでしょ?」
いや、だからそっちは期待してるんだけどさ。まぁ。
顔が気持ちを反映したか、なんとも形容しがたい複雑な表情になる。そんな俺を、この年下とは到底思えないような―――というか、コイツ自身が年下である事を自覚してないんだと思うんだけど――――藤代は、上機嫌なツラして眺めていた。
なんか……妙に自分の心音が気になった。
でもって、善は急げだとかほざいた藤代に手を引かれて、深夜の商店街を歩かされてる俺であった。
手を放せと喚いたけれど、「そんな照れなくても」と返されてしまい、なんかももう、どうでもよくなってしまった。それに、10メーター間隔に薄とぼけた街灯が点る通りは、人影もほとんどない。
「なー……」
半歩分後ろから、藤代の結構広めの肩に向かって声をかける。
店から徒歩で5分ちょいだって言ってたけど、てことはつまり、俺の家と藤代の家って実はご近所だったのか……とか。じんわり伝わってくる藤代の手の平の熱が、今更ながらそんなコトを思い起こさせる。別にそれがどうしたって話なんだけど……でも、改めて考えてみれば、俺、藤代に関してはそんな当たり前の事すら知らなかったんだよな、とか。
なんか、変な気分だ。
そうだ。店の外でコイツといるの、初めてだから。
尚学館の3年で、オスカーの店員。けっこう、変態。
……ほかには?
なんだか、気持ちがむずむずしてる。
呼び掛けただけで言葉を途切らせてしまった俺を、頭一個分高いところから覗きこんでくる藤代に、俺はことさらに邪険に対応した。
「別に、お前には関係ないから」
ああああああ、なんか大人気ないな、俺。
でも、すまないって気持ちが、逆に態度を硬くしてしまう。思春期のガキみたいだ。いや、こーゆーのは反抗期っぽい拘りだ。
視線を振り切るように身を捩らせた俺に、藤代は口先だけで浅く笑い掛けた。
「関係ないはヒドイなー、いくら俺でも傷つきますよ?」
わかってる。でも、そういう顔されると素直になんかなれない。ぶっきらぼうに呟いていた。
「実際関係ないだろ?」
思わず睨みまで入れてしまう。
「……えーと」
藤代は薄く目を閉じて、髪を掻きあげた。
「単刀直入に、俺たちヤってる仲じゃないですか……」
それもこの1ヶ月間。2、3日も置かずに。
「それでも関係ないんだ?」
まさしく単刀直入に訊いてくる。覗き込む視線が痛いぐらい強い。強くて、見返すことが出来なかった。すっと目を逸らしてしまう。頬が妙に熱い。心臓も、皮膚で感じ取れるほどにドキドキ跳ねている。
そのドキドキが意味不明過ぎて、俺は藤代を突っ撥ねた。
「だから、抜いてるだけだろ。お互い、溜まった分を。仲とか、いわゆる抜き合いっこしあうだけだろ?」
思わずそんな風に叫んでた。ノリ的には売り言葉に買い言葉。しかも、売られてもないのにバカ買いしているっぽい。そのうえ、よく考えてみなくても俺の台詞ってマズくないか?
なんか、俺って遊び人みたいじゃん。
さすがに怒るのかなーとか、おどおどと見上げた藤代は、逆に激しく笑い出していた。
「あー、うん。そうか。なるほどねー」
そうかそうかと、しきりに納得している様子で――――なんか、とんでもない地雷を踏んだ気になってくる。そわそわと気が落ち着かない。
じんわりだったはずの掴まえられた腕が伝える熱が、その時、ぐっと熱くなった気がした。
前後左右を確認したのは二人ほぼ同時で、でもその理由ってのは180度、天と地、陰と陽、晴れと雨に信玄と謙信―――とにかくもう、俺の名誉にかけて全っ然違っていたのだ!
「日比野さん、計画変更だからね?」
そう言うと、藤代は掴んだ腕をぐいっと引いて、商店街の建物と建物の間、申し訳程度に背丈のある観葉植物で隠された、パイプだの換気扇だのビール瓶の箱だので雑多になってる場所に俺を押し込んだ。
男二人が入り込むと、もうギリギリいっぱいの狭い空間。てきぱきと壁側に向かい合わされて、その壁に手をつくように言われても、それでもまだ混乱してワケがわからなかった。
いや、正確に述べよう。俺の理性がわかりたくないと事態把握を拒んでいたのだ。なぜなら俺は、正真正銘真っ当な人間なのだ。断然、普通に生きていきたいと願っている小市民なのだ。
だがしかし。だがしかし、である。
「大丈夫、俺、この辺でヤったことあるから……愛可ちゃんのビデオ、実地で教えてやるよ」
Tシャツをめくられて、その指先が俺の許可なく侵入してきてるあたりで、俺のちっぽけな望みはすでに断たれていたのだ。
いやいや、何より……そんな行動など序の口も序の口で―――
ヤったって……教えるって……
わかりたくないけど、己の危機意識がこんな時に限っていつになく閃きをみせて、倉内愛可ちゃんの新作ってのが、確かタイトルが『星空のリグレット』ってので、その詩的なタイトルとは似ても似つかぬ野外ロケでのヤりまくりイきまくりだったはずとか思い出してしまう。でもって確認してみれば、ホント綺麗な星空なんだから泣きたくなる。
「や……あのっ、藤代クン……」
「何?」
泣き声の一歩手前で懇願してみるが、一言で返されてしまう。それどころか、「そんなカンジで最初は抵抗するけど、ヨくなって、最後は喘ぎまくりだから」なんて、演技指導まで授けられた。
でも、ちょっと、いくらなんでも……!!
「藤代クン……人ッ、人来るかもしんないだろ……!」
「え? さっき確認したじゃん。来ないよ誰も」
いや、だから俺はそんなことを確認したんじゃなく、お前がヤバそうな気がしたから助けを求められそうな人がいないかどうか確かめていたんだ。お前とはベクトルが違う。そもそも違う。
けれど、俺のそんな些細な抵抗など、藤代にとってはちょっとしたアドリブに過ぎないんだろう。いやいや。それどころか、予定通りにコトが進むよりは抵抗してくれた方が楽しくなる、そんな男なのだったコイツは!!
「……っあ!」
油断してた訳じゃないのに、あっさりとジーンズの前を広げられる。
ビックリして止めさせようと手を絡めれば、全くガラ空きのうなじを舌で舐められて、ビクっと身体を揺らした。
ああああああああああ、ちょっと、マジでヤる気なのか!?
人は通ってなかったけど、この両隣の商店には確実に人が住んでるだろッ!!
でもって、もし―――もし奇特な人間がこの真夜中に、月が綺麗ね星が輝いてるねって散歩でもはじめてみろッ。俺たちとその人物を遮るのは、そこに適当に配置された観葉植物のささやかな葉っぱだけなんだぞ!!!!!!
絶対、絶対バレるから。しかも、声が……声が……
「けっこう響くね。日比野さんのカワイイ声」
んーんーっって、必死になって堪えてるのに、そんな風に耳元でささやかれてしまう。
くっそう。誰が出させてるんだよ!!
「興奮してる? 息荒いよ、日比野さん」
だから、興奮じゃなく、焦ってるんだよ。見つかったら、ご近所で即変態認定じゃないか。
「……んんんッ」
こっちが必死に頑張っているというのに、藤代はめちゃくちゃ楽しそうに笑ってやがる。うなじを滑り落ちた舌が、前面に回って鎖骨をくすぐる。その同じりズムで肩に掛かった藤代の髪の毛が揺れて、ほんわかと藤代のにおいを伝えてくる。
心臓が、すごい勢いで飛び跳ねた。
「……ふ、藤代、クンっ……」
「公樹って呼んでもイイよ。日比野さんのが年上なんだからさ」
「バカ言え……ッ!!」
くすくす笑いながら告げる藤代に、せめてもの抵抗。
けれど、すっかり弛緩した身体を藤代に委ねている身としては、迫力なんか微塵もない。
滑り込まれた指先で先端を突付かれて、熱い息を洩らした。
「あー、日比野さん、めちゃくちゃ濡れてる」
楽しそうに、藤代は先端を指の腹で捏ねくる。言われなくても、自分でもわかるぐらい溢れてた。
「んぅ……あっ」
その濡れた感触がさらに気持ちを高ぶらせて、少しだけど腰が揺れてくる。
「キツイでしょ、これ」
なんて、からかい混じりにジーンズを脱がす藤代に協力するように腰がうごめいた。手の平は壁にべったりと貼り付いて、どうにか上半身を支えてる。腰から下は、とっくに制御できなくなってた。
すごく流されてるのはわかってたけど、藤代の巧みなやり方には毎度のコトながら翻弄されてしまう。男なんて、けっこう快楽に弱い生き物なんだとか自分を慰めてみても、それでもちょっと情けない。
前に回された指で露わになった自身を扱かれて、その先端のぬめりを掬い取った反対の指で後ろを刺激され、そろそろと周辺をなぞられて、声が上擦った。我慢が利かない。
「あ……んぅ、ッ!!」
つぷって、そういう感覚が身体を縦に走った。
弱いってところを的確に突いてくるその指に、声が止められない。マズイ。なんかやたらと前後の壁に反響してる気がする。ってか、こんな声出してたのかよ、俺!
でも、そうは思っても、両手は身体を支えるのでいっぱいで、口を塞ぐことなんてできそうもない。深夜のしじまの中で、俺の声だけが辺りに響いてる。
「や……あ、も……ふじ、しろクン」
どうにか止めたいはずなのに、心の奥底から冷静で常識的で一般人な俺がそれを望んでいるはずなのに、口と心はちぐはぐになってた。急かすような口ぶり。誘うような腰の動き。
慣れた身体が、1本じゃ物足りないってせがんでる。
……
…………
……ああああああああああ、それでも、それでもだ。
俺のために弁解してやるんなら、おい、待てココはどこなんだって冷静に突っ込んでる部分もまだ、かろうじてあった。でも、あるっていうのに身体の方が見事に盛大に裏切ってくれちゃって。
あんあんあんあん、気前よく喘ぎまくって。
擦り上げる前の指にも、突き上げる後ろの指にも、めいっぱいに身体が動きを合わせてる。
「ぅ……っっ、あ。んんっぅ……ッ」
ときたま掠められる箇所が我慢きかないぐらいヤバイ感覚を脳天に送ってきてる。
ムリ、かもしんない。
ムリ。
もうムリって。
どこでもいいから、とりあえずどうにかしてくれよって、全面的に白旗を揚げようとしたそのタイミングで――――くすくすと、藤代の含み笑いが頬を掠めた。
「日比野さん、こ〜んなトコでおっ勃てて気持ちイイんだ?」
やわやわと俺のモノの全体を揉むように握り込んだ上で。
いかにもインチキ臭い詐欺師並に胡散臭い響きを含んだ口調で。 すっげぇ、ギチギチなんていう余計な感想まで付けて
しかも、後ろの指も焦らすようにユルユル抜き差しながら。
藤代は嬉しそうに、そりゃもう楽しそうに、そう訊ねてきたのだった。
気持ちイイんだってな……。
その直前まで、やすりでそっくり削り取られていたはずの俺の理性が、再びその息を吹き返していた。
反射神経とぶり返した俺の一般常識とがタッグを組んで、藤代の手の中に収められた自身の状態なんかそっちのけで、「そんなことない、止めろったら止めろ!
お前ここがどこだと思ってんだ!!!!!!」と叫び出そうとするのを抑えこみつつも、打算する。
耳元で面白おかしそうに笑っているこの男、藤代公樹。
そうだ、コイツはちょっと……たぶん……かなりの変態だ。
変態だな、うん。
そんな男に「止めろ」なんて言ってみろ。ものの見事に反対の意味に取ってしまうに決まってる。コイツは「イヤよイヤよも、好きのうち」が座右の銘のごとき男なんだから。
以前もそれで、「高度な誘い方ですね〜」なんて、盛大に拡大解釈してくれたヤツなんだ。
しかも、今回に至っては、”最初は抵抗、のち善がりまくり”っていうシナリオまで用意されているせいで、勘違いはどこどこまでも突っ走ってくことは必至だろう。
俺が「止めろ」なんて言って、こんな星空の下で、ご近所の商店街の街角で、ヤツの思うがままに繰り広げられるよりは……そう、そうだ。
うまいことヤツの誘導尋問を躱して、逃げることもできるやもしれない。
そうだ。
それに、俺だって……けっこう…け、けっこうと、イロイロと、その……なんだ。とにかく困るんだよ、イロイロと!!
壁に押し当てた手の平をぎゅっと握り締めると、俺はこくりと首を縦に振った。
「……わ、悪くない」
さすがに抵抗あるせいか、声がわずかにどもる。
でも、気分はしてやったり。どうだ、驚いたろーなんて、ヤツの油断なり隙なりを窺っていた。ほんの少しでも包囲が緩まったら、そこを突いて逃げ出してやる、俺も男なんだなんて、息を潜めて待ち構える。
けれど、そんな俺の肩に押し当てられたのは、ニヤリと最上の笑みを貼りつけた藤代の唇だった。
「へぇ。日比野さん、気持ちイイんだ?」
重ねられた問いが、鼓膜だけじゃないどこかを刺激して、落ちつかない。
俺……なんか、策略間違えた、ぽい?
でも、もう一度考え直す余裕なんて、この男がくれるワケがない。前と後ろの指が、またも激しく快楽を突いてきた。
「ホラ、こーゆーのが気持ちイイんだ?」
「ん……ぁっっ、藤代……ッ!」
まともに息すら継げられなくなる性急なやり方に、思考回路もマヒってくる。
中でくいっと二本の指を曲げられて、ひときわ高く喘いだ。
その耳に―――
「ならさ。当然、日比野さんって俺のことが大好きなんだよね?」
当然ってところにアクセントをいれて、尋ねるというよりは確認するような口調で―――耳元で揶揄する藤代。
「なぁ……ッ!!」
とっさに身体に力の入る。けれどそれを逆手に取ったように下を掻き回されて、息が止まりそうになった。首が限界まで仰け反る。
その張った首筋を舌で辿られて、ますます吐息が熱くなった。
「ちっ……ちがっ……」
息巻こうにも、声はすでに熱っぽくとろけてる。それでもどうにか、とにかくなにがなんでも否定しなくちゃいけないなんていう――――だって、す、す、好きだなんて、俺はごくごくまともな一般人なのに……好きだなんて……しかも、『当然』だなんてエラく自信いっぱいに断言までされて。
頭がぐちゃぐちゃになってた。身体もとっくにぐちゃぐちゃにされてて、なんだかワケわかんない、自分でさえも全然整理ついてない―――最近もてあまし気味のもやもやが口を突いて出てきそうで。しかも、何か……そのもやもやってのが何時の間にか俺の中で説明つかない化学反応を起こしてそうで。
はぁはぁ熱い息の狭間に、違うと必死に言葉を紡ぎ出す。
違うったら、違う。
き、気持ちイイのは慣れただけで、俺はいたって普通の人間なのだ。
そりゃちょっと、半歩ぐらいは道を外してる気もしないでもないけど。でも、あくまでビデオの延長線上の関係だろ?
溜まってるのをヌいてるだけだって。
けれど――――
ホントに違うの?、とからかい混じりに囁いた藤代は、俺の返事も待たずにこう切り出した。
なんかもう、とんでもなく意地の悪そうな笑顔でもって。
「まさか日比野さん、ご近所の露天でこーゆーコトされるのが趣味のスキモノなんかじゃないよね?
当然、“大好きな”俺が誘惑しているから身体が反応しちゃっただけだよね?
つまり、悪いのは日比野さんのそんな風に乱れたところも愛しく感じる、俺の見境ない愛情ってヤツで」
あ然と固まった俺では付け入る隙もないぐらいに完璧な口上。効果的な間を取って、さらに告げられたのは、それはもう、最高に生意気な―――絶対に生意気な、最悪の殺し文句だった。
「だから、ごめんね」
くすりと、語尾に小さな笑みまでくっ付けやがる。
…………
……だからってさ。
力の入っていた身体が脱力した。
…………なんか、もう、コイツには敵いそうもない。
人を露天好きのスキモノか、己を好きなのかの二択に追いこんでおいて。
見境ない愛情だとさりげなく告げてくる。
ごめんねなんて、ちっとも似合わない殊勝なフリをしてみせて。
でもそれが、最後の決め手。逃げ出す気持ちすら取り上げてしまう。
「だから」ってのは、すごい接続詞だと思った。一体どこに掛かっているのか―――なんでこんなにも期待させるんだろう。
心臓がギリギリ痛んだ。
信じられない。
その痛みがドキドキの極大版だってところが、もう、すでに俺の負け決定。
それがとても信じられなかった。
だから、もう一度、可笑しそうに藤代が念を押してきた時、俺は憮然として頷かざるを得なかった。
だって、そうしないと俺はスキモノな変態確定なんだろ?
ならさ……それなら、正直者の変態でありたい。そう思ったワケで。
「日比野さん、俺のこと好きなんだろ?」
そう言う藤代に、「正直に言ったら入れたげるよ?」だなんて余計な一言まで付け加える藤代相手に、俺は小さく首を縦に振った。
途端、深夜の商店街の一角で洩れたのは篭もった喘ぎ声。
それは当然、俺の口からで。でもってそれは次第にリズムを刻み出す。その内に人が通ったらどうするとか、そういう常識もろもろが溶けて消えてって……たぶん自分からも積極的に動いてた。
それはもう、見付かったら二人して確定の変態っぷりだっただろう。
むっつりと口の両端を結んでいるのは、それは当然にして正当な怒りがゆえだった。
「怒ってる日比野さんも結構カワイイけどさ、やっぱりヘラヘラしてる時の方が好きなんだけど」
だとか告げてくるのも頭にくる。
いつもヘラヘラしてるのはお前のほうで、俺は基本的にヘラヘラ笑ったりなんかしないぞ。
「それに、結局誰も来なかったでしょ?」
結果論だろ。正々堂々と口にするな。
「あ、それとも前もあそこでシたことあるってのが気に障った?」
…………
「あ、図星?」
「……」
全然違う。でも、そういう風に告げられたら、やっぱなんかムカついてくるだろ。条件反射ってヤツだ。
いっそう顰められた俺の眉間に、藤代がいささか慌てたように、でもほんの少しだけ顔を緩ませて言い訳してくる。
「でも、今は日比野さんだけだよ、俺」
そういう恥かしいことを……と、すっと朱が走った俺の頬に、藤代は会心の笑みを浮かべた。
「感動した?」
するかよ!!
「……どうせ一過性だろ。勢いだ」
冷たく断言する。どちらかというと、本音に近い台詞。
ホント、ただの勢いだけの関係だったらイイんだけど。
「本気も本気。あなたが好きですよ、俺」
藤代のそういうストレートな言葉に、すごく心が熱くなってる。真夜中だからって、しっかりと繋がれた手の平からの熱が心地良いようで、ひどく心を揺さぶる。顔だけでもしっかりと締めておかないと、とんでもないことを口走りそうだった。
「もうすぐ俺の家ですよ。続き、しましょうね」
今度はベッドで。すごいきっちりしたの。あ、もちろん俺に任せててくれれば、最高にヨくしてあげますよ。最初っからそのつもりだったし。ちなみにそのつもりってのはですね、ベッドでぐちゃぐちゃになるまでヤって、日比野さんを俺無しではいられない身体にするという壮大な計画だったんですけど……して欲しいですか?
相手はこんなに変人なのに、だ。
ホントただの勢いだけだったらイイんだけど……
でもそうじゃないのは自分が一番知っていて、だから俺は、むっつりと口をへの字にしていた。
信じられないけど。信じがたいけど。
俺の足は、確実に一歩、道を外していた。どうやら後戻りは、出来そうもない。
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