LIMIT



SIDE;ICHIHARA

 好意と愛情の間には、ちょっとやそっとでは飛び越えられないレベルの深くて広くて長ーい溝がある。いや、溝どころか断崖絶壁。さすがのライオンですら、我が子を突き落とすのをためらうぐらいの。
 そう、中学英語の時だって「I like him」を書かせても、「I love him」とは言わせなかった。
 そうだ、LOVEは絶対に違うはずなのだ。これはもう、絶対的にLOVEではありえない! ありえないというのに、なんで……なぜに俺は、今、ココでこうして大親友の上に乗っているワケだ? 必死に「愛してる」だなんて言ってるワケだ?
「古瀬……」
 ビックリまなこで、口をあんぐりさせてコチラを凝視している古瀬の名を、かすれた声で囁く。
 んなマヌケ面をしているのに、それでも高校来の親友の顔はあいも変わらず整ってる。そもそも、それが悪いのだ。
 ようやくその辺に気づいて、少しだけ安心する。うん、俺が変なんじゃなくて、コイツがすげー綺麗な顔しているのが悪いんだ。たとえそれが、万人曰く「カッコイイ!」っていう方の顔立ちだとしても、人の好みは千差万別。俺がカッコイイ古瀬の顔を綺麗だと思って、好きだなーと思ったところでなんら問題があるワケない。こうなってしまったからには、問題なんかあっても蹴り倒して投げ散らかす。それまでだ。
「すっげー好き。ホント、我慢なんか限界。古瀬、愛してるって…」
 言いながら、その口をだんだんと下のほうへと移動させていく。
 もう止まんない。
 一回山を越えたら、あとは下っていくばかり。それと同じで、一回認めてしまったものは自分でもどうしよーもない。
 好きなんだ。
 俺は、古瀬のことが、本当に好きなんだ。

  ・ ・ ・ ・ ・ ・  ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 

「いっちゃん、聞いてくれよー」
 バイトが終わってぐたぐたにくたばっているところに押しかけて来た親友の第一声がそれだった。
 こっちも聞いてくれ、俺は疲れてんだ。なぜか二人も同じシフトの連中が休んだせいで、俺ともう一人でひたすら2フロア分の商品補充。クソマネージャーの加賀は喚くは、商品は投げ散らかしてしまうは、棚一つ分配置を間違えるはで、残業一時間三十分。しかも明日は朝イチの必修科目も入ってるというオマケつき。んで、現在午前3時30分。俺は絶対的に寝ないといけないワケね。
 わかる? つまりお前に構ってあげる時間も余裕も余力も気力も俺にはまったくないってコト。
 ……つか、八割がた想像ついてる古瀬のそれ系統のグチを聞きたくないってのが本音。ホント、聞きたくないんだっての、毎度毎度。
 そういう気持ちが顔に出たんだろう。古瀬は見るからに情けない顔をして泣きついてきた。
「いっちゃ〜ん、お前しか居ないんだって、こういうの聞いてくれるの。ね、だから聞いて? ね、ね?」
 だからなぁ……右手一つで、こちらにへばりついて来ようとする古瀬を押しとどめながら、深すぎるため息を放つ。
 これで何度目だっての。
 そう思って頭ん中で数えてみるものの、その無意味さに再度ため息が出てくる。
「あー……。んで、シンジ君? だったっけ、今度の奴は」
「いや、アキ君」
 涙目でえぐえぐ言いながら告げてくる。
 んな、何度目か毎回聞いてる俺ですらわかんなくなるような奴のために盛大に泣くなよなぁ。はぁ。
「それで、今度はどういう理由なワケだ? 簡潔に要旨だけを手短にまとめろよ」
 油断したら抱きついてきそうな古瀬を右手で押しとどめたまま、ベッドに寝転がりつつ聞いてやる。俺は忙しいし、真実迷惑きわまってるんだぞというアピールだ。このぐらいしてやらないと気付かない鈍感な奴だから、こちらも相応の態度をとるようになってしまった。ま、はっきり言ってお前が悪いんだ、古瀬。
 半目を閉じながら視線を流すと、未だ泣いてやがる。ただでさえクソ狭い1DKに、泣いてる男まで加わったらそりゃもう感覚的に狭さ倍増。我ながら、1、2ヶ月にいっぺんはやってくるこのイベントによく耐えてやってると思う。
「……いっちゃ〜ん」
 この立ち直るの悪さから察するに―――せいぜい昨日か今日の夜ぐらいだろう。いつだって本気のコイツは、いつだってこういう風に完璧に地の底にのめり込むぐらいの勢いで落込むのだ。
 まぁ、それにしても、今回はなかなかのへこみ具合である。つまりは必然的に、相手の男――アキ君を、コイツとしては真剣に愛していたと、そういうことなんだろう。
 アキ君、ねぇー……
 ふと、記憶の底のほうに押し込めてやった情景が浮かんできて、一瞬視覚を奪われた。
 つい……2週間前ぐらい。第3講義棟とサークル棟の間の小道沿いのベンチで、見かけた。ストライプのナイロンパーカーを着込んだ古瀬が、すげぇ満面の笑顔で話し掛けてた男。ちっこくて、男のくせにやたら唇が赤くて、テレビ画面越しで見かけたとしても違和感ないような……そういう、いかにも古瀬が好きそーなカンジの男。
 あれがたぶんアキ君で―――コイツを振った男、だ。
 そう思い当たった瞬間、身体中に纏わりついた倦怠感を上回る衝動みたいなものが駆け上った。古瀬の肩を掴む右手に、ぎりっと力がこもる。
「……クソ」
 低くはき捨てた声は、あくまで自分に向けたものだった。
 ムカムカとした気持ち悪いものが競りあがってくる。
 時々こういう発作に襲われてしまうから……だから、聞きたくないのだ。古瀬の振られ話は。
 ああ、クソ。
 頭の中で、アキ君に話し掛けてたときの古瀬の笑顔がぐるぐる回る。ぐるぐるぐるぐる回りまわって、でもって回転が止んだ頃に頭の中に再生されるのは、決まってあの時のコイツのはにかんだ表情。照れたように所在無く手の平を振り回して、顔を赤くしながら告げてきた。
『あのさ……いっちゃん…市原、俺さ、実は、さ』
 その時を思い出すと、今でもバカみたいに鼓動が早くなる。
 高校で一番に友達になったのが古瀬だった。
 同じクラスで、背が同じぐらいで、ちょうどその時あったサッカーの国際大会の話で盛り上がって―――気がついたら、いつでも隣に居る奴になってた。
 すげぇ気が合って、実際口憚らずお前が好きだとお互い言い合ってた。
 好きだった。
 何度も何度も、コイツのことは友達として俺は大好きなんだと自分自身に確認しないといけなくなるぐらい、俺もコイツも男で、こいつは間違っても女と間違われたりするような面じゃない。俺はコイツの性格が好きなんだ。一生の親友なんだって。いちいちいちいち自分自身に言い聞かせてやんないといけないぐらい。
 それが、だ。
 その時、顔を真っ赤にさせて声を上擦らせた古瀬を目の前にして、一瞬にしてそういう建前がグラグラ揺れ動いてしまったのである。
 はっきり言って、そのグラグラは俺の人生設計であり基本概念であり性向だとか物事の捉え方だとか、そういうもろもろへの大打撃だった。目の前が、視覚が、急激に狭くなって周りが全部見えなくなってしまうぐらい。
 俺の世界のど真ん中に古瀬しか居なくなって、その古瀬を思いっきり抱きしめてしまいたくなる衝動にかき立てられたぐらい。
 本当に、あとわずかというところだった。衝動を行動に移す、その寸前だった。
『俺…変だって思うかもしんないけど―――俺、男が好きになったんだ。目覚めたっていうか、ホント普通に、ああ、俺、好きなんだなーって』
 はにかんだ顔と仕草のまま、古瀬はじっとこちらを見つめてきた。
 それは、動きという動きを完全に停止させる威力をもった言葉と視線だった。古瀬に向けられていた腕が空中停止する。脳みそもよく回ってなかった。けれど、何より強力なとどめの一撃は、そのすぐ後に待ち構えていた。
『ええとな、お前も知ってると思うけど、隣のクラスの笹倉…准矢。ホラ、弓道部の。すっげぇ気になってるなーとは思ってたんだけど……ホント、気がついたらさ、俺、マジで好きになってるんだよー、ホント真剣に。いっちゃん、どうしよう!?』
 どうしようってのは、もっとずっとこっちのほうだった。
 我ながらよく死ななかったと思う。その時の心臓の負担は、フリーフォールで落下するよりももっとずっとデカいもんだった。息なんか、軽く10秒は止まっていた。
 しかも俺をそんな目に合わせた奴は、告白した気持ちの軽さで、「やっぱ言うと気が楽になるなー!!」だとか喚きながら、やたらめったらご機嫌な調子で続けたのだ。
『あ!! 安心しろよ、お前は100%親友だから!! 男が好きだって言うと、そこら辺を誤解する奴らって多いしな!!』
 ありがたいことに、俺は対象外だと太鼓判を押してくれたのだ。
 それは、告白直後、ピキっという擬態語が付くぐらい硬直してしまった俺に配慮してのお言葉だったのだろう。そんな配慮が、逆に俺の心臓を深々と串刺しにしやがったことなんか想像もつかないぐらい能天気な面してたから、、たぶんその推測は間違っていない。
 ホント、繊細な俺がどれだけ心を痛めたかなんて、こいつは一切まったくちっとも全然、微塵たりともわかっていないのだ。
 そりゃ、まぁ、そうかもしれない。
 なにせ古瀬は、アキ君だのの細くて白くて可愛い男が好きなのだ。俺みたいに、同じぐらいのガタイで、肉体労働が普通にやれてて、形容詞的に可愛いは世界がひっくり返ってもありえない男なんか、範疇に入れるはすがない。笹倉みたいに、女からも可愛いって言われるようなのが好きならな。
 でも、だ。
 その頃からずっと思ってた。
 意外にあっさり付き合うことになった笹倉と、わずか2ヶ月で破局を迎えて――今と同じように泣きついてきた時も。
 その後、大学二年となった今に至るまで、数え切れないぐらいの可愛い男たちと付き合っては別れてきた、その間もずっと。
「古瀬さ……」
 相槌すら打たない俺に構うことなく、いかにアキ君が綺麗で可愛くて、いかにアキ君を愛していて、けれど悲しい顛末で別れないといけなくなったんだとかを切々と語っていた古瀬は、俺の呼びかけに「ん?」と嬉しそうに返してきた。犬みたいな奴だ。構ってあげると、状況を忘れて喜ぶし。立ち直りの早さなんか、神がかってる。俺に言うだけ言ったら、すっきりするんだという。やっぱりお前は特別だって、泣き腫らした目でいつも最後にそう告げる。俺がどんな思いをしてるかなんか、必死に友達やってるんだってコトを、ちっとも理解してない。
 でも、そういうところも全部ひっくるめて。
「俺は、古瀬のほうがずっと綺麗だと思う」
 アキ君よりも、笹倉よりも、その他大勢の奴らよりも、誰よりも。
 俺にとっては―――そう、俺にとっては、いつでもお前が一番綺麗だったのだ。この俺に向かって、100%親友宣言をしたお前が、一番。
 バイトで酷使し続けた右手に、自然と力が込められた。倦怠感はどこかに吹っ飛んでいた。それとともに、今の今まで俺を制していた理性とかいう名の鎖まで吹っ飛んだ。
 初めて、今ごろ気付いたって気持ちじゃない。わかってて無視し続けた、必死になって否定してた。親友のフリをしてた。
 でももう、限界。突然でしょうが古瀬君よ、俺はもう限界を突破したのだ!
 古瀬を引き寄せて、ベッドに沈める。突然の出来事に呆けてしまったのをいい事に、無抵抗の古瀬を下に組み敷いてしまう。
 今までになく近づいた距離をさらに埋めるように、上から覆い被さった。
「古瀬……」
 頬よりもずっと赤く染まった唇へ、うっすらと開いたそこへ誘われるように唇を落とす。
 重なり合う寸前、ゼロコンマの距離まで近づいて、ようやく零したのは、奥の方にずっと押し込めていた本音。自分自身ですら騙しだましやってきた、その限界を超えてきた言葉。
「好きだ。お前のコト、すっげぇ好きだって……」
 その言葉は、発せられる間もなく古瀬の喉内へと吸い込まれた。


  
   ・ ・ ・ ・ ・ ・  ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 


 SIDE;KOSE

 うぎゃあ、だ。
 うん、うぎゃあ。
 この状況を一言で表すに、うぎゃあ以外のナニモノでもない。
 口ん中がめいっぱいに翻弄されてる中、発音できない叫びを俺は頭ん中でうぎゃあうぎゃあと喚きたてた。
 だ、だだだだだって、俺の口の中にある、ソレ。俺の口の中をめいっぱい刺激してくれてるソレが、いっちゃんの舌だってのがそもそも大うぎゃあ、だ。
 し、しかもなんか気持ちいいかもだし。
 ああああああああーッ、うぎゃあ!
 上に乗られて、めちゃくちゃに激しいキスをされて―――うわぁああああ、それ絶対逆だろう、逆!!ってカンジ。ってか、どちらかっていうと、俺がそういう風にする側だったワケで、付き合ってた子はみんな結構純情というか、恥ずかしがり屋とでも言えばいいのか……と、とととととりあえず、こういうクソ激しいキスなんかされたことはない。
 ないから、うう……だから、あくまで初めてがゆえに、俺はほんのちょっとだけ翻弄されているだけなのだ。
 そうだ。そうに決まってる!!
 喉の奥のほうまで犯されるようなキスに必死に自分を保つべく……脳みそはフルスピードでぐるぐるぐるぐる回転しているというのに、その回転軸が完全にブれている。飛んでる。飛び跳ねてる。
 なんたって、この息だ。つうか、声!! うは〜んなんて、俺、言ってるっぽいし。
 う、うぎゃあ……
 し、舌。持ってかれそう。ってか、調子に乗ってんな! 動くな! 絡むな!!
「…ッは…」
 ふと、いっちゃんの舌が離れた隙に空気をたくさん吸い込んだ。胸郭がパンパンになるぐらいのその息を、怒声とともに叩き付けようとして口を大きく開く。その、大口開けた口をそのまんま覆われてしまった。深い、深すぎるキス。開いた分だけ、喉の奥のほうまで届いている。いっちゃんを、奥の奥のほうで感じてしまう。
「……ん、ァ」
 い、いかん。
 わかりやすい具合に反応し始めている箇所に気付き、とにもかくにもいっちゃんから離れようともがく。だってこれがバレたら、さすがにヤバいというか――言い訳が利かないというか、抑制が効かないというか。元々『男』に拒否反応がない分、流れに流されていきそうじゃんか、俺!!
「んーッ!!!」
 互いの身体の間に摺り込ませた腕で、力いっぱいいっちゃんを押し退けようとした。そりゃもう、幼稚園のときに地区のイベントでやった相撲以来のくんずほぐれつの押し合いだ。近づいてくる相手を押し退け押し倒し勝利を得る。ガキの相撲と違うのは、負ければその時は身体の貞操が保障されないという、ズバリはつまり、絶対に負けられないってことだ!!!!
 俺はどうにか動く右手で、必死にいっちゃんの身体を引き剥がすべく力を振り絞った。
 しかし―――だかしかし。
 高校三年間、体力テストの結果で一度も勝ったことがない相手ってのが、この、目の前に居る男・いっちゃんだったんである。俺だって、そんなに細い方じゃない。でも、体力腕力バカ相手じゃ分が悪い。悪すぎる。そういえばハンドボール投げの項目なんかでは、特に完全敗北を喫したんであった。
 そう、つまり。
 必死に抵抗してた割にはごくあっさりと、時間の問題レベルで俺の身体はいっちゃんの懐へと包み込まれてしまったワケで。
「……勃ってるじゃん」
 とまぁ、ごくごくあっさりと、身体の変化に気付かれてしまったワケである。
「わ、悪いかよッ!?」
 おお、だとかいう無意味な感動詞を口ずさむいっちゃんに、俺はキリキリなって反問した。
 くっそう! 悪いかよ、ホント!! おんなじ男のクセに、男の身体のサガを心得ている分際で!!
 しかも、まともにお前のせいじゃねーか!
 俺は元々釣り目ぎみの目をさらに細く引き締めていっちゃんを睨んだ。その間だって、押し退けようっていう腕の力は絶対に緩めない。無駄かもしれないけど、精一杯抵抗してやるのだ。
「いーえ、全然。悪いどころか」
 いっちゃんは、そんな俺によゆーの笑みを浮かべてみせる。小憎たらしく口端をくいっと上に釣り上げた笑い方。そういえば、昔はこーゆー笑顔のいっちゃんをよく見たもんだったけど、最近はあんまり見てない。どちらかというと、苦笑だとかため息だとか、呆れたような目線だとか……そういういっちゃんばっかりだ、頭に浮かぶのは。
 でも今は、すっげぇ楽しそうに笑ってる。
「あああああ、感無量…」
 だとか、言ってる言葉は腐ってるけど。
 もしかしなくても、そんな風にいっちゃんを変えたりしたのが自分だとしたら―――俺のせいだとしたら、それはちょっと……まぁ、その、なんて言うか…、ちょっと……だよな。
 意味不明に心臓がバクバクしてきて、焦る。
 だって、こんなにぎゅっと抱きしめられてたら、この心臓のバクバクがいっちゃんにもわかってしまう。知られてしまう。そう思うと、なおさら焦って抵抗しまくるのに、そういうの全部がいっちゃんの腕の中で抑えられてしまって。耳元で「古瀬…」なんて、かすれた声で囁かれてみろ。女の子じゃないのに、ぼおっ…てなる。意識がどっかに飛んでっちゃいそうだ。やべぇ。コイツ、もてるわけだ。
「すっげー好き。ホント、我慢なんか限界。古瀬、愛してるって…」
 殺し文句で、本当に殺されそうになる。
 バクバクってよりも、心臓ドバドバいってる。血肉湧くってこういうことか?
 俺が出来たのは、そういうトチ狂ったことを考えてることだけで、その間にいっちゃんのほうはちゃんと働いてた。働いていたというか、やる事やってたというか―――ともかくも、気がついたら見事に下半身さらけ出してる俺が居た。
「うわッ…い、いっちゃん、オマエ、何を!!!!!!!!!」
 視界の端っこに、己の半身を見出して喚いた。慌てふためく持ち主とは対照的に、元気良く勃ち上がってるところが情けない。
 そんな状態のモノを直に握られて、当然のように身体がビクッと反応した。
「わ、わ、わ!!!!!!!!」
 もう、泣きそう。ホント、泣きそうだ。
 いっちゃんのデカイ手がやわやわ刺激してくるのにいちいち反応してしまう。
 だ、だって……そりゃアキ君ともシンジ君ともヤることはちゃーんとヤってたけれども、でも、その他含め全員、男同士でするのが初めてだったせいか、みんなホントに純情で可愛くて―――そうだ、つまり、こーゆーダイレクトな行動をする子は一人たりとも居なかった。恥ずかしそうに、俺の愛撫を受けて顔を赤らめるような子ばかりで、そりゃもう可愛くて―――ってか、いっちゃんだって男同士は初めてなんじゃないのか!!??
 そういう疑問が頭をよぎったそのときだった。
「あー…っと、ココだろ?」
 やけに冷静な調子の声とともに、信じられない感触が信じがたい箇所を直撃した。
「……ッあ!!!!」
 いつの間にかぎゅううっと閉じていた目を、ものすごい勢いで見開く。
 ああああああああああああああああああ、嘘だろう。
 いや、この刺激は間違えようもないんだけれど。でも、しかし、それでもやはり。
 あああああ、誰か嘘だと言ってくれ!
「い、いいっちゃぁああああああああん!!!!!!!!!」
 声が演歌歌手ばりに揺れる。
 恐る恐る下方に視線をやってみると、化学反応中のフラスコでも見ているみたいな表情のいっちゃんが、そのものずばり、俺のケツの中央を見入ってる。
「うわぁ!」
 あまりの出来事に、またもや絶叫。
 なにせ、見ているだけではない。いっちゃんの右手は―――その腕力握力からは想像できないほど器用な指先は、確かな感触とともに俺のケツのど真ん中を突いてきてるのだ。ぐいって、擬音にしたらそんな感じの動きで。
「……ッッッううう!!!!!!!」
 マズイ、いや、マズイとか冷静に判断している場合じゃないぐらいマズイ。
 まだ痛みはそれほどじゃないけれど、びっくり仰天しまくりの俺自身がびっちり収斂させてるせいか、擬音がそのうちメリメリってなりそうな勢い。しかも、それに気付けてない指は、容赦なく侵入を続けてくる。その上、長い指の持ち主は「とりあえず、ココに入れたらいいんだろ?」と、どこまでも恐ろしい台詞を呟いている。
「とりあえずじゃねえッ…」
 今にもひぃひぃ泣き出しそうな情けない声音に生存本能的危機感をプラスさせたらこういう声になるんだろうか。やたらと汗が、身体中から噴き出してくる。慣れてるワケない感覚に、冷や汗と脂汗とじっとり手の平の汗。そこまでは理解可能なんだけど、なぜか一番はこの体のとんでもない熱さのせい。全然そんなはずはないのに、まるでサウナに入ってるみたいな熱気が皮膚に回ってる。
 熱い。
 ホント、なんか……あのへん辺りから火でもついたみたいに熱い、熱いぞぉおおお!!!!!!
 いいや、これは痛いからなんだ、痛いからなんだ、痛いからなんだと無理やりやり過ごそうとしたナニモノかは、しかしありがたいようなありがたくないような……さほど努力を要しないうちに真の痛みに駆逐された。「ぐぁ…!!」と、一声うめいただけで悶絶する。さっき思ったとおりそのままに、擬音がメリメリへと進化したのだ。
 こんなのがありがたいワケがない。ありがたいワケあるか!!
「ッぅ………ぁ」
 雁字搦めの拘束の中から、声が発っせないぶん思いっきりいっちゃんを睨めつける。俺の人生めいっぱいの中でも、これだけあからさまに殺意を孕んだ視線なんか初めてだ。しかもそれを突き刺してるのは大親友のいっちゃん。大学に入ったぐらいかその前から、なぜか妙によそよそしくなった―――でも、そのまんま疎遠になってしまうのは絶対嫌で、だから学部も違うってのにコマ数をうまく合わせて昼飯一緒に食ったり、こうして家まで押しかけたりして、どうにかこっちに食い止めてた。好きかって訊かれたら、街中でも大絶叫して答えてやる。そんなの当たり前だ、当たり前で大好きだ。一生の大親友だ。
 しかし、大親友であるはずのいっちゃんは、涼しいどころかにんまり笑顔さえ浮かべて告げてきた。
「ぜってーヤメねぇし。ココまできたら、絶対ヤる。悪いけど覚悟しろ」
 いや、その顔は悪いと思ってないだろう!?
「ッ…!!」
 制止の声は、しかしきちんと声にはならずに吃音に終わる。それでも、何でだかやっぱりわかんない。さっきからなんでだかわかんないコトだらけだけど、考えたってわかんないし、そもそもまともになんて考えてる余裕もない。つまりはいっちゃんがどうして俺の言いたいことがわかるかなんて、俺にわかるワケがないのだ。
「ま、確かに悪いなんてちっとも思ってないけどなー」
 だとか、これだけ楽しそうないっちゃんの声も顔も態度も、本当に久しぶりな気がする。
 ……。
 だから、じゃないぞ。
 俺にそんなボランティア精神なんてあるワケない。
 じゃあ何だって、そこら辺を煎じ詰めてくと、どこか大変なところへと続く迷宮に迷い込みそうだからやめておく。そういうのはやめておいて、とにかく今はッ―――とにかく、この、ケツのあたりに準備満タンな脅威を取り除くに如くはない!!!!!!
「い、いいいいいいいっちゃん!!!!!!!!!!!」
 今夜で一番切羽詰った金切り声。
 そりゃ、生まれて一番の緊急事態だ、それぐらい必死になる。必死になってそんなもんかって、我ながら情けなくもあるが、緊急避難って用語だって世の中にはあるだろ。そうだ。同じ痛みなら、100パーセントの痛みより、多少は節を曲げたって―――出来る限りは被害は小さくしたいじゃないか! 人として、生きてて当たり前の感情の動きなんだ。
「今更。覚悟しろって」
 失笑と共に告げてくるいっちゃんにぶんぶんと首を振る。暑くもないのにだらだらだらだら流れていくのは、ただの汗だけじゃないはずだ。
「…ぃや……そうじゃなくて」
 浅い息の狭間にどうにかつぶやく。
「いや、だから、その……」
「何?」
 間髪入れない突込みが、いっちゃんの苛立ちを顕著に表してる。
 でも、こっちとしても、精一杯急いでるつもり。なにせケツの穴にギチギチに指を入れられてんだ、そりゃもう必死になる!
 身じろぎしただけで伝わってくる感触に、深呼吸を一回、出来るだけいっぱい空気を吸い込んだ。
 視線の先には長年の親友。一生の人間だって決めた男。
 お前なら―――お前なら、犬に噛まれるよりはずっとマシだろう。
「だから、」
 一気呵成。俺は叩きつけるように続けた。
「このまま入れたら痛いに決まってんだろ!! 常識で考えて、テメェのでっけーのをただで突っ込めると思ってんのか! 無理だろ! 裂けるだろ!! ヤるならヤるで、ちゃんとそれなりの準備をしろってんだ!!」
 俺の剣幕に驚いたのか、きょとんと息を飲み込んだいっちゃんに、立て続けに言い募る。
「だいたいだ。順序ってのを知らないのか、お前は。普通、好きだって告白して、お互い好きだって気持ち通わせて、それからキスして、なんとなくいい雰囲気になって、それからだろ、こーゆーのは。それをいきなり突っ込もうとしやがって! 水泳だって、準備運動は必須だろうが」
 わかってるのか? 準備っても、ホントに準備運動じゃないぞ。男同士ってのは、意外に手間暇がかかってな……思わず気持ちがこもって演説口調になったけれど、そこから先は口にすることは出来なかった。
「…んッッ!!!」
 当たり前だ。これだけ深く、深いところまでキスされたなら。めいっぱいきつく抱き寄せられたなら。
 しかも、だ。
 そっと抜いたその舌先で、「―――なるほど。了解した」だなんて呟いたいっちゃんが、超至近距離で、ただの囁きすらもその吐息が伝わってくるほどの近さで馬鹿なことを囁くもんだから、さすがに頭ん中の全部が瞬間蒸発した。
「好きだ。お前のことが大好きだ。俺の気持ちは絶対だから、だからお前が俺を好きになるしかない」
 これでいいのか? って含み笑いで確認を取ったりして。
「でも、俺はお前が俺のことを好きなのは知ってるし……この際、そのレベルというか性質というか程度とでもいえばいいのか……とにかく、そういうのは後からいくらでも補填が効くし……ってか、お前だって相当ヤる気は満々なわけだし……おお、すげぇ、障害はなーんにもなくなったなァ」
 だとか、嬉しそうに嬉しそうに、太平洋全部がいっちゃんの喜びになったみたいな大波がザバーンと打ち寄せてきて。
 俺になんか言えるか? 墓穴をきっちり自分で掘り下げちまったこの俺が。カモがネギをしょって自らまな板に乗って、「どうぞ召し上がれ」だ。ああ、どうぞ召し上がりたきゃ、召し上がれよ。お前がそれでそんな顔になるんなら、もう、なんだかもう、それはそれで俺の中でも障害はあらかた消えうせちまうのだから。いっちゃんならまーイイかって、すんなり思えてしまったのだから。
 そういう心境で、俺の口をついた台詞がこれだった。
「なんかぬるぬるの……あー…俺のバッグん中にあるから、それ取って」
 ……ってな。外堀も内堀ももうどこにもありませんよ。本丸までようこそ、だ。
 諦めだけじゃないその言葉は、でも―――
「あー…ハイ。ちょっと待って…」
 なんて、やけに大人しくゴソゴソ探し物を始めたいっちゃんの背中で複利計算式に増大して、なぜだか俺の方に跳ね帰って来て。
 ……なぜだか。
 なぜだか、今、俺の心臓は。
 今更、今頃になって、とんでもないぐらいに。
 い、いっちゃんの背中って広いんだなとか、いっちゃんのベッドって俺ら二人で寝るには絶対狭いぞとか、いっちゃんの明日の授業って朝イチじゃなかったのかとか、うわああ、俺も明日一コマ目に第二外国語入ってるじゃんやばいじゃんだとかいう、必死の制御も無視しまくって――どっくんどっくん、すっげー勢いでフル操業を始めた。
  

  
   ・ ・ ・ ・ ・ ・  ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 



 ……で。
 結論としては――― 簡潔に要旨だけを手短にまとめると、きっかりとヤられてしまったワケで。
 より具体的に全体像を語るなら、「よっ、よせ、もちょっとほぐさないと無理だから!!」だとか、「あー……と、後ろからの方が負担少ないかも」だとか、「いいッ。大丈夫だから早く全部入れろッ!!!」だとか―――何か、なぜだか、俺の方が指図してないかという疑問が生じるぐらいには、俺自身、コトに加担してしまったワケで。
 夜明けに白みがかった四角い空を見ながら、ポカリをぐびり飲んだ。
「……痛ェ」
 呟く声もかすれてしまう。
 全身が鉛みたいってのはこういう状態なんだろう。今更ながら、アキ君や准也なんかの、俺が初めてを奪った子たちの顔を思い出して苦笑した。あの子らもこーゆーのを味わったワケだと思うと、頭の下がる思いだ。
「……っくそ」
 それにつけてもいっちゃんだ!!
 普通、常識で考えて、初めてなんだぞ思いやれと告げた相手をビビらせるぐらいの剣呑な笑顔で、「そりゃ最高」だとか口ずさむか? もう無理って言ってんのに、「いやお前なら大丈夫」だとか意味不明に保障してくれて、がんがんがんがん突っ込むか?
 少なくとも、俺はそこまで無謀なことはしなかったぞ!!
 しかも、しかも、だ。
 痛む腰を押さえて伏せ寝しか出来ない親友に向かって、そういうこと言うのか? ソレは脅しなのか? それとも口封じ? もしくは先制攻撃なのか―――
「おい、もうお前とは友達なんかやれねーぞ。つか、こういうことやる親友って世の中に居るのか?」
 なんて。
 心広い俺が、「こんなコトをしたけど、俺ら親友だよな? こんなんで、縁なんか切りたくない」って、そう切り出そうとした俺への。
 また一口、ポカリをぐび飲もうとした俺の手の先から、青色のアルミ缶が奪い去られた。
「で?」
 奪い取ったポカリを一気に飲みつくして、そうのたまう。

 答えろというのか、俺に。
 その問いに、答えろと言うのか。

 答えなんか決まっているのに、俺は、俺の中では、出だしの言葉やら声色の選択とかが、ぐるぐるに螺旋を描いて折り重なったまま―――俺は、じっと、一生って決めた男を見ていた。




え、答えって何ですか?(汗)

って、似たような話ばかりでごめんなさい。
どうやら江崎、お初物語好きらしいのです。
(え、今更っすか!?)

(05 01.18)




NOVEL





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