キミのそば.........「世界はキミのもの」番外編




 気がついたら、満場一致だった。
「それじゃあ、ウチのクラスからは小菅を選出ってコトで決まり〜!」
 クラス委員長を務め、今回の LHRの議事進行役をしていた沖の間延びした声で、クラス内の各所からまばらな拍手が起こった。中には、「順当順当」とか合いの手を入れるヤツもいる。ただ一人、当の本人である秀弥だけが呆然と黒板を見つめていた。
 沖のやや癖のある字で、黒板の右隅にデカく「春一番!! 生徒会選挙立候補者選出投票!」とあり、その横にこれまたデカイ字で、「小菅秀弥」、そして、その下に正の字でちょうど34票分。クラス全員で36人、本日1名欠席・秀弥本人の一票を除き、つまり、満場一致でのクラス代表決定であった。秀弥の横に名を連ねた人物―――本多晴彦(ほんだ はるひこ)がにやりと笑って秀弥に流し目を送ってきた。クラス委員長の沖と同じ位頼り甲斐のある男……なのだが、この票差は一体何なのであろう。
(………)
 ため息が、こぼれる。
 生徒会なんて、はっきり言って興味もないし正直面倒くさい。………が、性格上、こうして選ばれたからには、全力で頑張ってしまうのが秀弥である。自分でそれがわかっているだけに、秀弥の気持ちは重かった。しかし、沖に「抱負を一言!」と振られてそろそろと立ちあがった秀弥の口からは、「俺の名前を書いてくれたみんなのためにもがんばるつもりです………」という、秀弥らしい言葉が、やはり、飛び出てしまうのだった。
 それが4月下旬の出来事。2週間後には、甲稜高校新生徒会選出総選挙が控えていた。

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「はぁああ!? 秀弥が生徒会っぃぃい!」
 放課後の下校時である。帰宅者で溢れかえる校庭に響いたのは、相葉貴久の素っ頓狂な声。
「なんだよそれ! 秀弥そんなのに興味があったの!?」
「いや、だからそうじゃなくて」
 秀弥は困ったように顔を傾けた。
「クラス内選考で選ばれたんだよ。あんなの誰だって自分からなろうなんて思わないだろ、普通?」
 それもそのはずで、この甲稜高校の生徒会なんか、いわゆるただの雑用係だ。先生たちから言われたとおりに物事をこなしていくのが活動内容。そのくせ、イロイロ忙しいのだから、なり手は常に不足している。そのため、クラスから一人は生徒会選挙に出させないといけないという不文律まで存在しているぐらいだ。そして秀弥のクラスでは立候補者なんて当然現れず、LHRを使っての今回の選考となったのだった。
「あああああ、沖………はクラス委員か。でも、、あいつ…本多だっけ? あいつとかはどうしたんだよっ」
「あ〜。う〜ん、たぶん、グル」
 秀弥は頭の中に手を突っ込んでぐしゃぐしゃにかき乱した。LHR後に沖に告げられた一言を思い出す。やけになれなれしい口調が、沖の人懐っこい笑顔でオブラートに包まれていた。
「俺と本多って、自分でいうのもなんだけど黙ってても目立つタイプだろ〜。で、2年の生徒会選挙ヤバイよな〜とか言ってたんだよ。で、蓋を開けてみたら同じクラスで一騎打ちかよって、お互い相手の足元に穴掘ってたワケ。でも、そこに小菅が現れたんだよなぁー」
 秀弥を見、知った時、二人はタッグを組むことにしたらしい。ジャンケンで勝った沖がクラス委員長(クラス委員長が生徒会を兼任することは出来ないのである)になり、負けた方の本多は必死に秀弥への票の取り纏めをしたのだという。それぐらい、沖も本多も本気で生徒会入りはイヤだったという。だがしかし、自分たちが対象から外れると話は変わるらしい。
「まー小菅、俺が応援演説してやるし、ど〜んと大船に乗ったつもりでいろ!」
 との発言から、秀弥を当選させる気は満点のようだ。迷惑な話であるが、秀弥の性格上、じわじわとありがたさを感じてしまうのだ。俺のためにそこまでしてくれるなんて……という素敵な考え方が出来る人間なのだ、秀弥は。本当に、とことん損な性分である。当然、そんな性分ゆえに、他人だけに頑張らせることなど出来ない。さらに一度話を受けたからには、出来る限り頑張ってみようと思っていた。
「あー、もうっ! わかった。よくわかった」
 そこまで話を聞いて、貴久は少し大げさなぐらいデカイため息をついた。なんか、心の底から、肺の中身全部吐き出したぐらい長いため息。
(やっぱ呆れてる?)
 中学1年で同じクラスになった時からの付き合いである。それなりにお互いの性格とかを言葉を飾らず指摘できたりもする。貴久からはいつも「秀弥の、その、誰にでもイイ顔をするのは絶対止めたほうがいい」と言われている。痛い目に会うらしい。だが、そう言われても、やはり性格だからなのか、強く出られると心が靡いてしまうのだ。それに、几帳面で真面目なのも、どうしようもなく生まれ持った属性で致し方ない。中途半端でやり残すのはいやなのだ。
「あ、そうだ」
 秀弥はふと思いついて、貴久を仰ぎ見た。中学の時に”デコボコ”と形容されたように、貴久は秀弥と比べるとだいぶ背が高い。並んで歩いていたので、秀弥は首を結構反らさないといけなかった。
「………なに?」
 貴久は何か他に考え事があるのか―――それとも、秀弥に呆れ返っているのか、なんだか上滑りな口調。秀弥はそれでもきゅっと笑って言いやった。
「貴久の一票、期待していいよな?」
 その言葉が耳に入った時、貴久の眉尻がものすごく微妙な角度で釣り上がったので、秀弥は思わずぶるぶると首を振って「貴久の勝手だけどさ……」などと呟いたのだった。
 
 翌日の昼休み、貴久の教室にほど近い廊下で素っ頓狂な声を張り上げたのは、今度は秀弥の番だった。
「なんで!? だ、だって貴久のクラスの代表ってもう決まってたんじゃないのっ!?」
 1時間目と2時間目の間の休み時間に噂が流れこんできたのだ。すぐにでも本人に確認したかったのだが、移動教室やら体育の授業やらで時間が取れなかった。そしてこの昼休みになって、ようやく貴久のところに確認に来れたのだ。
 そして、衝撃的な噂が事実だと知る。
(えええええっ、だって、つまり、ってことは、貴久が改めて立候補したってこと??)
 貴久のクラスは、秀弥のクラスの一週間前にはその代表を決めていたのだった。それも、くじ引きなんていう適当な選考方法だったと言う。たしか、塚山さんっていう女の子がババを引いたと言っていたが………
(ま、まあ、今日の放課後が締め切りだから、問題はないんだけど)
 立候補の締め切りが今日の放課後であり、それまでは候補者すげ替えも有りである………が、そんなヤツなんて居るわけないと思っていたのだが。
「た、貴久、実は生徒会に興味があったのか!?」
 秀弥は驚きがゆえに声がいつもより1オクターブも高く上ずっていた。昨日はそんなこと一言だって言わなかったのに、突然今日になっての立候補である。これが驚かずにいられるか。
 だが、貴久は妙に冷静で、すっと微笑って言ったのだ。
「悪いなー秀弥。期待には答えられそうにない」
 期待―――貴久の一票。
 たかが一票なのに、秀弥はその時やたらとがっくり気落ちしている自分を自覚していた。
(……なんか、すごく………)
 気持ちがぞわぞわなる。半そででいきなり真冬のニューヨークに放り出された感じ。寒い上に、頼るものもなくて、でも周囲はやたらと騒然としている、そんな感じ。
(なんか、イヤだな)
 自分の思いつきに秀弥は顔をしかめた。ぶるっと一回首を振ると、秀弥は顔に笑顔を張りつけた。できるだけ、挑戦的に見せるように、口端を深くくぼませる。
「うわ〜、貴久がライバルか。負けたくはないかも」
 貴久はそんな秀弥を微笑って見つめていた。でもその顔はなんだが……秀弥には困りきった顔のように見えて、自分もまた困ってしまった秀弥であった。「お、お互いに頑張ろうな」と捨て台詞のように吐き出すと、秀弥は自分の教室に走りかえっていた。

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 次の日から、本格的な選挙活動が始まった。秀弥はブレインとして沖と本多がサポートしてくれているため、他の候補者に比べるとかなり順調であった。だが、まだまだ油断は出来ない。それになにより、貴久の下馬評がかなり高くて、沖と本多も票集めに駆けずり回ってくれている状況だった。現在、秀弥もそれに同行しての移動中であった。
「相葉ねぇ〜………大変なこった」
 沖の何気ない呟きである。本多は自分のコネに回ると言って別行動をとっていた。
「だよなぁ。マジで、貴久って強敵だよな」
 中学の頃から、その信頼できる言動で周囲から一目置かれている存在である貴久だ。大型犬みたいにそばにいて安心できるんだと思う。
「いや、そうじゃなくて―――相葉が大変だなって言ったの、俺は」
「貴久が?」
 沖の、「相葉が」というところにアクセントを置くセリフに首をかしげた。確かに、生徒会選挙に立候補してイロイロ忙しい………でも、それを言うなら、自分からではなくて沖と本多の謀略で推薦される派目になった俺の方が、絶対に、完全に、「大変」なんじゃないのか!? ってか、秀弥は嫌々で推薦、貴久は自分から立候補だ。同じ苦労でも価値が違うくないか!? 
 秀弥はむぅっと口角を尖らせた。その表情で秀弥の心が読めたのだろう、沖は目を細めた。
「だから、お前がそんなだから相葉も苦労するなぁと俺は言ってるわけで、しかしお前はこのような俺の親切を理解できないということが更に、より、相葉は大変だなぁという感想に繋がるの。わかる? わかんないだろ。あー、相葉ってカワイソ」
 一気に捲し上げられて、しかもその意味が沖の言うようにさっぱりわからなくて、秀弥は突き出した唇を今度はへの字の曲げた。
(俺が「そんな」だから貴久が苦労するって………つまり、貴久が生徒会に入りたいのに俺がその邪魔をしてるってことなのか?? でも、俺のが先に……す、推薦なんだけど、立候補したんであって、貴久は後からなんだぞ!)
 その上、そんな風にいうくせして秀弥への票の取りまとめに余念がない沖から言われたくはないぞ、だ。
 沖も秀弥の怒りモードに気付いたのか、細めていた目を通常サイズに戻した。わはははと乾いた笑い声を上げると、「なーんてな、独り言だ独り言。気にしなーい。気にしない」と節をつけて言う。秀弥は苦情を言うべく開けた口をため息をつくことに用いた。口のうまい沖にはぐらかされたり乗せられたりするのはいつものことである。すでにそこらへんは諦観の極に在る。
 と、横を歩く沖の歩調がいきなりゆったりしたものになった。一瞬先に行きかけて、秀弥は振り返った。十字の交差した廊下の左側に、沖の視線が固定されていた。それを追って、秀弥もそちらに首を巡らせる。
(………あ)
 視界の先に居たのは、二年で同じクラスになったものの、ほとんどまともに会った事も、ましてや話をしたこともない男で。
「あー、成瀬じゃん。相変わらずお早い登校で」
 沖が茶化して言う。もちろん昼休みの今の時間の登校が「お早い」はずはない。ま、彼の場合、登校したってことを着目した方がよいのかもしれない。それぐらいの頻度でしか学校に姿をあらわさない男であった。
「そういやアイツだけなんだよな〜、ウチのクラスで内約取れてないのって」
 思い出したように沖が口ずさむ。全会一致で秀弥を選考したクラスメイトの結束は固く、彼らは全員秀弥に票を入れることを宣言していたのだ。ただ一人、成瀬孝一郎を除いて。
(成瀬って、そういやあの時もいなかったしな………)
 あの時とはもちろんLHRでの会選挙立候補者選出投票の時だ。その後もなんとなくキッカケが掴めず、清き一票をお願いすることが出来ないままでいた。
(イイ機会かも)
 秀弥は躊躇なく成瀬の方へ足を向けていた。今の機会を逃したら、またキッカケを逸してしまうしな―――頭に在ったのは、ただそれだけ。しかしその腕を沖に力いっぱい引き戻されてしまい、秀弥は危うく後方へ転倒しそうになった。
「おっ、お前軽率すぎ! 相手わかってるの!? あの成瀬だぜ。あいつの一票なんか期待するのが無駄。激しく無駄」
 沖が言いたい事はわかる。始業式でも全校集会でも、今だかつて成瀬の姿を見かけたことはない。そんな成瀬が生徒会選挙に一票を投じるかといったら、その可能性はずいぶんと希薄だ。だけど………
「とりあえず、頼んでみるだけだから」
 秀弥は沖に告げた。
「だから、それもヤバイって! 成瀬に必要以上関わんない方がイイ」
「―――……あー」
 噂のことを言ってるのだ。ようやくぴんと来た。成瀬を取り巻く黒い噂。親がやくざで本人もこの辺をシめてて関わると大変な目に会うってヤツ。確かにそう思わせる程には成瀬の見た目は怖かった。切れ長の鋭い目で睨まれたら、自分なんか多分一発で死ぬな、とも思う。………けど。
(そーゆー弱腰で、沖とか本多に助けられてばっかで生徒会だなんだって言えないよな)
 秀弥は怖いと思う自分を奮い立たせた。そういう精神構造自体が損ばかりを招いているとは本人の知らぬところだろう。知らない方が幸せなこともあるが、この場合は誰かが気付かせてあげるべきだろう。しかし、今のところそういう人物は現れていない。そのため、秀弥は沖の制止を振りきって、「頼むだけだから大丈夫」という呟きと共に成瀬に駆け寄ってしまっていた。後に残された沖は、頭を抱えてその場に立ち尽くした。
「成瀬っ!」
 そんなことは露知らず、秀弥は成瀬の目の前で立ち止まると、そう名を読んで成瀬に向き直った。
(……う)
 しかし気合とは裏腹に、成瀬がこちらを向いた途端息を詰まらせる秀弥である。そのうえ、思わず、何にもしていないのにまず一言、「ごめん」などと謝りまで入れてしまう。
(だってコイツ、やっぱめちゃくちゃ迫力あるし〜!!!!)
 ただ振り向いただけなのに―――たぶん、振り向いただけ、のはずなのに、切れ長の少し色の淡い目で見られたのが、まるでナイフで切り付けられたかのような感覚をもたらす。冴えきった気配。なまじ成瀬が美形なだけに、その纏う雰囲気がますます硬質化して見受けられるのだ。
 秀弥は気持ち後じさりする。ひるみ。でも、ギリギリのラインで踏ん張ったのは、それは秀弥の思考回路に多大な影響力を持つ”使命感”だとか”義務”がゆえだった。
「………お前」
 成瀬の低めの声が鼓膜を打って、その振動だけで震えそうになる己を叱咤する。
「俺、小菅な。同じクラスの」
 まずは自己紹介。成瀬の不審そうな顔つきから、コイツはクラスメートとかいちいち覚えてなさそうだし……と邪推したのだ。
「………知ってるが」
 成瀬の眉がますます顰められる。まずい。蛇足だったようだ。成瀬が不審なのは、話しかけてきた内容のほうだったのだ。秀弥はいささか舌を噛みながら、早口でまくし立て………ようとして、けれど舌はめちゃくちゃにもつれて絡んでしまっていた。
「いや……その、俺、今度生徒会選出選挙に出ることになったんだけど――――それで、同じクラスのよしみでイロイロ……その、便宜を図って欲しいのかな、なんて………あ、いや、じゃなくて、単に俺をよろしくってことなんだけど………」
 言いつつ、ひたすらに後悔の波が押し寄せる。上目遣いで成瀬を見て、そのしかめられた……ように絶対に見える冷たい相貌に、またもや「ご、ごめん」と呟いてしまう。
(ど、どうしよう……マジ、早まったのかも)
 黒い噂のすべてを信じるわけじゃないけど、とにかくとりあえず、成瀬ってコワイという情報が、その時秀弥の脳みそにしっかりと刷り込まれた。だって、不機嫌なのか、普通なのかの区別がわかんないし………と、成瀬がようやく口を開く。
「話はそれだけ?」
 素っ気無い……どころか、切って捨てるような口調。眼差しも鋭い。うう、沖の言う通り、まさしく「激しく無駄」だったらしい。―――が、その次に成瀬の口からもれた一言が、秀弥の表情をあいまいにくゆらせた。
「………考えとく」
 え………?
 しかし、何か秀弥が反応する前に成瀬はさっさと歩き去っていて、10メートルも先に過ぎ去った成瀬の背に、秀弥は「ありがとう」と感謝すべきなのか、「ごめん」と謝るべきなのか悩んでいるうちに、その背は廊下のずっと先のほうへ消えていた。
(………息詰まるぅ〜〜〜〜)
 アレで同い年なんだから、黒い噂とやらも広まるはずだ。会話するだけで、とてつもなく体力を消費してしまう。この先もあんまり関わんないようにしたほうがイイのかもしれない。それが賢明なんだろう。
 秀弥は強張っていた全身を緩ませた。その肩に、沖の手が乗る。
「だーから、言っただろう〜。無駄だって」
 成瀬の最後の一言は小さすぎて聞こえなかったのだろう、沖の忠告じみたセリフ。秀弥は曖昧に頷いてみせた。
(―――怖いけど………)
 頭が、うまく回んない。
 
(怖い、けど………)

 それはまだ5月に入ったばかりの頃。まだ、秀弥が平穏な日常を送れていた頃の、その時には、”ちょっとしたすれ違い”として認識されるにすぎない―――もしくは、そのまま忘れ去ってしまうような些細な出来事であった。

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 選挙戦の2週間がすぎた。
 そしてこの日は、生徒会選挙当日である。
 イロイロあって、沖とか本多とかの手助けがなかったら、多分一人ではこんなに頑張れなかっただろう。そして何より、今回で気付いたこと―――
 秀弥は廊下を小走りに急いでいた。真面目な性格がゆえ、廊下を走ることは出来ない、けれどその分気持ちは急いでいた。
(昨日の電話………)




――秀弥、俺だけど、明日とうとうだなぁ〜。どうせお前のことだから、緊張して寝れないとかなってんだろ? こんなのは時の運なんだからさ、なんにも考えずにちゃんと寝ろよ! 秀弥がやれるだけのコトはやったって、俺……みんなもわかってるよ。……あー、ってくせーなぁ、もう! まあ、とにかくなんだ、早寝早起きは三文の得とか言うしな………んじゃ、そういうことで。また明日な。




その前の日だって、一週間前だって、自分だって大変なくせして夜10時30分ぐらいに決まってかかって来る電話。穏やかな、貴久の声。先日の中間演説の前の日も、自分の草稿で変な記述がないかしつこく確認ばかりしていた秀弥に、「そんなんまともに真剣に細かいところまで聞いてくれるヤツなんていないよ。寝ろ寝ろ」と電話してくれたのも、貴久。
 中学の頃から親友って呼べるぐらい一緒にいて、だからこそ気付かなかったこと。
 秀弥は廊下の角を曲がってすぐの貴久のクラスのドアから、ちょうど目当ての人物が出てくるのを発見して、笑顔で呼びかけた。昼休みがはじまったばかり、朝に全校一斉に投票を実施し、その開票作業はとっくに終了し、そろそろ校内放送で生徒会新人事が発表されるっていう時間帯。
「貴久!」
 こちらを振り向いた貴久の胸に軽めに拳を入れる。
「そろそろだな!」
「お〜」
 貴久のワンテンポ外した返答。貴久も緊張してるのかもしれない。だって、あと5分もしないうちに結果がわかるんだから。すごい、ドキドキしてる。秀弥は貴久を仰ぎ、タイミングがよく貴久と目が合ってお互いに笑い出した。目の上が二人して膨らんでて、それを指摘し合ってまた笑う。
「俺さー、貴久」
「ん?」
 秀弥はなんとなく照れくさくて、廊下側の窓を背にして凭れかかり、貴久から視線を反らした。
「……今回すごく思ったことがあってさ。あー、でも今更というか当然というかなに恥ずかしいこと言ってんだって感じなんだけど、―――聞く?」
 自分から話を振っておいて、思わず貴久に確認してしまう。貴久は神妙に首を縦に振ってみせた。秀弥の横に身を置く。
「………って、ホントたいした事じゃない……あ、じゃないな。やっぱ今更なのかな? って、ワケわかんないな、俺。――ごめん。も、簡潔に言っちゃうけど、俺、すごく貴久のコト好きだなーって、今回わかったって言うか………」
 横で貴久がびくりと体を揺らすのが感じられて、秀弥は――あああああ、なに言ってんだ俺とばかりに首を振った。
「じゃなくて……あ、いや、好きなんだけど、なんて言うのかな、頼り切っているというか………依存ってヤツ? でさ、変な話なんだけど、俺、それに気付いて、で、本気で生徒会やりたくなった」
 貴久がこちらを凝視しているのがわかったが、気恥ずかしくて秀弥はそちらを振り向くことは出来なかった。
「……俺思うんだけど、貴久は絶対に受かると思うんだ。すごい頼りになるし、優しいし、頭もイイし――――誉めすぎ?」
「………」
「ええと、それで、俺も貴久の役に立てたらなーって。だから貴久が生徒会に入るんなら、俺も入りたいなーって、すごく、ようやくそう思えるようになったんだ。俺の場合、推薦で、やる気とか最初はなくて、義務感ばっかりだったから、なりたくて立候補した貴久にこんなコト言ったら呆られそうだけど………」
「…いや、俺も………いや、…―――」
 貴久は何か言いかけて、しかしその口をつぐんだ。そして、はああああと吐息を放つ。数秒待ってみたが何も言いそうになかったので、秀弥は先を続けた。
「で、さ。俺、めちゃくちゃ悩んだんだけど、でも、俺は落ちたとしても俺の一票が貴久のためになったんならイイかなと思って――――貴久に一票入れといた」
「………ええっ!?」
 貴久が声を張り上げる。や、やっぱり変だよな―――秀弥は慌てて言い足した。
「俺に入れても俺落ちるかもなーとか思って………で、でも、当選したいし、当選するために最大限頑張ってきたつもりなんだけど………」
 なんとなく、貴久を覗ってしまう。いつもと同じ角度で首をかたむけて。そうすると、ちょうど貴久の目の位置が視界の真ん中で。それが、中学1年からの4年間の付き合いの中で身についた自然な仕草。首の骨に染み付いた角度。その時から、8センチの身長差って、実はほとんど変わってないのだ。
「秀弥、それホント?」
 変わってないのは、きっとこの”安心感”も。一緒にいて、すごく落ち着く空間も。
「うん、ホント」
 変わったのは、多分、年齢ぐらいなのかもしれない。お互い、4年間分だけ年を取った。
(あ、でも、俺のほうが変わってないだけで、貴久はちゃんと成長してるのかもしんないけど)
 でも、それでも、貴久がこういう風に笑うと、こいつだって全然変わってないな〜って思う。貴久の向けてきた笑顔は、そう思えるぐらい、昔から変わらない、くしゃってなる笑顔で。貴久は絶対、将来笑いジワが出来るタイプだとそのたびに思う。
「秀弥、それ一緒」
「え?」
「俺も秀弥に入れたよ、俺の清き一票」
「えええっ!?」
 今度は秀弥がビックリする番。………ってことはつまり。
「そーゆーこと。つまり、俺らの一票は、それぞれ、結局回りまわって自分の一票に足されたってこと。すっげー回りくどいな、それ」
「だな」
 秀弥も顔をくしゃくしゃにさせて笑っていた。相手を思って入れてたつもりが、結局自分への一票になってた………こういうの、一石二鳥って言うんだろうか? なんだかすごく得をした気分で、ホクホクなる。
 ちょうどその時、校内放送を告げるチャイムが鳴った。
 秀弥と貴久は少し緊張した視線を交差させた。
 その互いの口から、「よろしくな」、「こちらこそよろしく、会長サン」というセリフが飛び出して、そのままお互いに笑い崩れるのは、その、わずか一分後のコト。
 今は二人とも、固唾を飲んで放送に聞き耳を立てていた。

 そして、それから2ヶ月がすぎて、秀弥が憎々しげに、
(考えとくって………アイツ結局あの日も休んだんだよなぁああああ!!!!)
 と思い出すのは、それはまた別の話なのだった。






別名、「ウサギさんとワンコさんの仲良しこよし」編です。
青春トライアングル前哨戦(だったわけで/笑)
たぶん、デビルズお初の「ほのぼの系」………のつもり。
この二人がこのままくっついたと仮定すると、
江崎には到底書けないようなあまあまのめろめろなラブラブ話が
だらだらと続くんでしょうねえ。
そんな話はつまんないだけなので(つまんなくしか書けないので)、
そう考えると、オオカミさんの必要性はより増すのではないでしょうか??
そう考えてしまう江崎はひどいヤツなのでしょうか??
ごめんよー、秀弥。

※これは、第一回デビルズキャラ人気投票で
秀弥が一番を取った記念に書いたお話ですvv
投票頂いた皆様、本当に有難うございます。


(02 11.10)



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