アリーナ君と魔法使い・第1章


 ◆◇ 0 ◇◆

 100年ほど前の事である。
 この世界を脅かす、悪なる存在・魔王が現れた。
 魔王は町を焼き、家畜を殺し、森を消し、海を荒らし、川を汚した。人の世はすさんだ。
 そして、人々は口々に呟いたという。
「誰か………」
「魔王を倒すものが現れたら………」
「勇者………」
「勇者が現れたら………」
 
 勇者待望論。

 無責任なのは誰しも判っていた。だが、無力なる人々には、自ら進んで魔王に対峙しようという勇気は持ち得なかったのだ。
 だからこそ、他人頼みになる。
 誰か勇気あるものが魔王を倒してくれたら幸せになるのに………。
 そう、願わずにはおれないのだ。



◆◇ 1 ◇◆
 アリーナ君の毎日はとことん忙しい。
 朝、日が昇る前には起き出して、新鮮なものしか好まないご主人様のために湖水へ魚を捕りに行き、自家栽培の野菜を収穫して朝食を作る。作り終わったら早速ご主人様を丁寧に起こして、食卓までご案内するのだ。雨の日なら食堂でいいのだが、晴れている日は庭の古木の木陰での朝食を好む。その給仕が終わったら、次はご主人様のベッドのお直し。たまにお昼寝とかするから、朝のうちにやっていないと叱られる事も有るのだ。
 その後も、自家栽培の野菜の手入れに、足りなくなった薬草類を摘みに行ったり、洗濯物を洗ったり干したり、昼食の準備に夕食の準備に、ついでに顎で命じられてご主人様の肩を揉まされたりと、息を休める暇もない。
 とっても忙しいのである。
「はああああ、かったりーよなあ!」
 そんな、一見すると従順そうなアリーナ君であるが、実はけっこう口が悪かったりする。ご主人様に対しては、出きる限り猫を被っておかないと後が怖すぎるので、誠心誠意丁寧な言葉遣いに努めるのだが、こんな一人歩きのときは別である。
 好き勝手、言いたい放題、悪口雑言を繰り広げてみる。
 いわゆるストレス解消という奴であろう。
 とはいえ、その用向きはご主人様のために新鮮な水を汲みに行っているのだがら、情けないというか、小心者のアリーナ君なのである。

 水汲み場は館の周囲に八つ程有る。
 その一つ一つが、朝食用とか夕食用とか、薬の調合用とか野菜にあげる水だとか用途が決まっていて、それをわざわざ守んないとご主人様の雷が落ちるのだ。
 非常に面倒くさいのである。
 アリーナ君が現在壷を片手に向かっているのは、そのうち夕食用の水汲み場であった。
 今日はご主人様の機嫌がやたらとよく、余計な仕事を増やされなかったおかげでスムーズに家事をこなし、畑の雑草を取り除き、裏の薬草庫の管理まで終わり、まだ早いこの時間帯に夕食の準備にとりかかれたのであった。
 このまま機嫌が良いまま今日一日が終わりますように!
 心のそこから願ってみる。
 でも、世の中そんなに甘くないのは身を持って知っているので、せめてせめて、夕食後の〈特訓〉だけはありませんように。
 そんな事を真剣に願いながら歩いていたら、水汲み場へとたどり着いていた。アリーナ君は早速壷を下ろし水を汲むべく井戸の縁に手をかけた。
 すると。
 後背でなにかの気配が動いた?
 こんな、召使のような毎日を送っているアリーナ君であるが、けっこう敏感な質である。
 今の気配が、動物や鳥ではなく、ましてや勘違いなんかではなく、人間が発したものである事はばっちり悟ってしまっていた。
 人間とすると………やっぱりあれだろうか。
 頭の中で数えてみる。
「………九人目、だよな?」
 まだ四月の中旬であるから、今年のペースは速い。やはり、年を経るにつれ多くなっているのは、魔王の脅威がそれだけ伸びているという事だろうか。アリーナ君は少し真面目に考えてみたが、すぐにその思考を停めた。なにせ、この湖水地方にいる限り、現世との縁なんかとっくの昔に切れているのだ。魔王がどうとか、ここでは全くどうでもいい事なのである。
 ちょっと大人びたため息をついたアリーナ君は、つるべを巻き上げる手を止めず声を投げかけた。
「あんた、勇者サマ?」

 後背の人間―――多分男だろう。彼は、息を飲みこんだようだった。
 隙だらけで井戸から水を汲んでいるアリーナ君が突然声をかけてきたのだから、驚いたのだろう。見た目もなにか武術を収め、気配等に敏感なようにも見え難いアリーナ君である。
「………お前は?」
「ふーん、なんか騎士サマって感じなのに、失礼なんだな。人に名前聞く前に名乗ったら?」
 ようやく振りかえって言う。存分に生意気な態度である。
 だが、くだんの男―――黒銀の鎧を一分の隙なく着こなし、漆黒のマントを羽織った姿はまるで王を身を盾にして守る忠実な近衛騎士のようである。銀の髪が陽にはぜて目にまぶしかった。騎士は軽く頭を下げた。
「失礼した。我が名はリファイン」
「オレはアリーナ。たぶん、あんたの役に立つと思う」

  ◇  ◆  ◇  ◆

 アリーナ君の半生は、まず波乱万丈と言って間違いなかろう。
 さらにいうなら、その波乱万丈は14年間の潜伏期間を置いて突如彼を襲った。
 何が悪いかって、それは調子に乗ったアリーナ君が一番悪いのであろうが、少し視点を広げてみれば、彼を乗せ挙げた村の長や大人たち、友人たちだって悪いような気がする。
 そもそもアリーナ君の人生下り坂の始まりは、14歳の誕生日間近。村の祭りの余興。村内武術大会優勝に始まる。優勝といっても、出場者はたったの八人。しかも、六十過ぎた裏山のじいさんとか、十歳前後のガキとか、まともな大人は農耕期のため全く出場していない大会での優勝である。
 だが、時期が悪かったのだ。
 その武術大会の三日後の事である。王からお触れが出た。「魔王討伐の勇者は名乗りをあげよ」という名の下に、魔王討伐の編成軍をつくるつもりだったらしい。ほとんどの町や村から自称・他薦の勇者が送り出された。アリーナ君の村からも誰か一人供出しなければならないという雰囲気の中、白羽の矢が立てられたのは、やはりというか、とことん不遇のアリーナ君であった。
 まだお子様思考だったアリーナ君はころころと大人たちの口車に乗せられ、勇者行脚を快諾してしまう。その裏で、あくまで農耕期の今、魔王はいなくなって欲しいが当座の生活も大事とばかりに、畑優先に大人たちが考えていたとは知る由もない。
 村のもの全員に送り出されたアリーナ君は、その後もますます転落人生を歩んでいく。
 まっすぐ王都に進むべきであったが、途中で一泊した町の酒場で、とある情報を仕入れてしまったのだ。
 曰く―――魔王を倒すために必要なアイテムを、性悪な魔法使いが秘蔵して、その譲渡を迫った数々の勇者を撃退している、という話だ。
 手ぶらで王都に行き、王命が下るのを待つよりも………!
 ………アリーナ君は14歳で若かったのである。血気盛んであったのだ。それに、村の大会で優勝して、ちょっぴり天狗になっていたのかもしれない。
 決意していた。
 魔法使いからくだんのアイテムを取り上げて、王の御前に参上するのだ。
 そして、じぶんこそが、世界を救う勇者となるのだ、と。

 その決意のたどり着いた先は、転落人生の途上であった。まだ終わりは見えないので、終着駅ではない。
 もう、2年が過ぎていた。
 そして、この後何年続くのか考えると恐ろしくなってしまうアリーナ君である。
 すくなくとも、表面上はどうであれ、心の中まで屈服してしまうわけにはいかない。臥薪嘗胆という言葉もあるし、終わりよければやっぱりすべて良いのかもしれない。他力本願かもしれないが、かなう限りの抵抗はし尽くしたアリーナ君である。その結果たるや散々なもので、その度にこてんぱんにお仕置きされてしまったのだが………
 今年に入って九人目のこいつ。
 勇者になるべく―――魔王を倒すという悲願を為すため、名を上げるため――――。
 理由なんかどうでもいい。
 騎士然とした姿。その立ち振る舞いに強さが滲み出ている。
 こいつなら、あいつを………あの、超極悪でむかつくナルシストヤローを、倒せやしないだろうか?
 アリーナ君はもう一度、かみ締めるように一言一言区切って言った。

「オレなら、あんたの役に立つと、思う」


                                (02.08.09)


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