アリーナ君と魔法使い・第2章


 ◆◇ 9 ◇◆
 
「面白いことになったねぇ……」
 そんな信じられない感想が飛び出てきたのは、アリーナ君が呆然と呟いたその直後のことだった。しかも、堪えきれないように吹き出てきた笑い声が続く。
(あーっ、やっぱコイツ全然ワケわかんねぇ!)
 こんな悪党たちの吹き溜まりの町くんだりまで来たのも、赫斗を追い詰めたのも、それもコレも全部聖座の眼のため。思い返すとそれはたんまりとムカツク事だらけだった今回の旅も、それもコレも全て聖座の眼のためで、そいつがあとほんの一押しで取り返せるところだったのだ。
 それを―――それを寸前で、目の前で、ほとんど触ってたのにっっ、なのに横から掠め取られたんだぞ!! つまり、横取りってヤツだ! しかもその相手ってのが、紫の目の男……ってことはつまり、つまるところ、今世界中を大っ混乱にさせてて結構ヤバイって王様だって怯えちゃってるぐらいの……悪なる存在、いわゆる魔王ってヤツの手下ってことだろ!! 紫の目なんか、古今東西、妖魔しかいないのだから!! でもって魔王ってのは、妖魔を手下にして世界各地で悪逆の限りをつくしてるヤツで。
(―――でも、でもだ)
 アリーナ君はむぅっと口角を尖らせた。
 妖魔なんてのを身近で見たのは初めてで、すげー緊張してカチカチに固まっちまったあげく、抵抗ゼロで聖座の眼を奪われてしまった。妖魔が聖座の眼を手にしているのはわかっていたのに、みすみす逃げられたのだ。その間、本当に何も、何一つ出来やしなかった。
(……すっげぇ、悔しい)
 ふと正気に返ってみると、アリーナ君だって、この2年って間ずっと、ずぅーっと、お前が魔王だろうというぐらいの勢いの男と過ごしてきたのである。それこそ一人で世界中分の不幸を背負って。だのに、何をそんなに恐れることがあったのだろう。相手は、たかだか……たかだか妖魔ふぜいだってのに。
「……くっそー」
 なんだかものすごく不覚を取ってしまった気分だ。次に会ったら、絶対、こんな不甲斐ない様を見せたりはしない。するもんか!
(ぎったんばったんにしてやる!!)
 どうやら日頃の鬱屈分まで加算して、激しく気合の入りまくりなアリーナ君である。そのわかりやすすぎる表情の変遷を読み取ったか、カリは心底愉しそうにのどを鳴らした。
「こういうのを一石何鳥と言うのだろうねぇ……アリーナ君はこんなにやる気充分ですし、私も私のものがいつまでも他人の手に有るのは気分が悪い。イアンだって、それこそ望むところでしょう?」
 イアンと呼ばれたリファインは、眉を顰めてカリに向き直った。
「どういうことだ?」
 抜き身の剣を、音なく鞘に戻す。
「どういうことも何も、私のものが奪われた。だから取り返しにいくだけですよ」
「……だが、相手は」
「関係ないよ」
 即応だった。カリは赤い唇の端を吊り上げる。
「私にとって相手なんて関係はないのだよ。けれど君にとっては関係あるのだろう? ならば、それを利用しようとは思わないのかい、イアン。―――私はこんなにも怒っているのだよ?」
 くつくつとのどを鳴らす。いつの間に背後を取られたのか、アリーナ君は再びカリの腕の中に包み込まれていた。もともと体温が低いカリだけれど、そのひりひり皮膚を刺すような冷たい感覚が、非常に、非常に心臓に悪い。しかもこの笑い方は、はっきりいって危険度特大なのだ。

「なにか名前を名乗っていたねぇ。ああ、アザトって言ったか。アザトねぇ……私の記憶によると魔王とやらの側近中の側近ではなかったかな」

 そういう立場の者が独断的な行動なんて取らないのでしょうねぇ……ああ、本当に愉しくなってきたな―――カリの声音は実に愉快そうに笑みを含ませる。
 やっぱり!とばかりにブルッと震えたのはアリーナ君だった。
 嫌な予感大的中だ。
 たかだが妖魔ふぜいのつもりが―――もちろん妖魔一匹とってもものすごく厄介なんだけど、実はそれ以上にとんでもない大物だったなんて……魔王の側近中の側近とか、やっぱ当然、べらぼうに強いに決まってるだろうし。
 自分で思っておいて、アリーナ君はうぅっと詰まった。
(でっ、でもっ、あくまで魔王の手下なんだろッ! そんなんでビビってどーする!!)
 それに―――そうだ。元の元に返してみれば、アリーナ君が人生下り坂になった大元凶こそ、世界を脅かす存在、つまりは魔王にあったのだ。打倒魔王・お前なら出来る・頑張れアリーナ君!!なんてやたらと気前よく賛美する村人たちの甘言に乗せられて、ほいほい村を出てしまってからの苦労の数々、その全てがどっと甦ってくる。
(……や、やってやる、こんちくしょう!! 魔王なんかの手下なんざ、めっためたのぎったんぎったんだッ!!)
 とんだ八つ当りであるが、それが八つ当りであるだけに思いの丈は長くて深くて重い。決意したかのようにギリギリ奥歯を噛み締めたアリーナ君の髪を、カリが後ろから撫で付けた。長くて細い指がアリーナ君の髪束を掻き分ける。
「ほら、アリーナ君はもう決めたようですよ、イアン。君はどうするの?」
 からかうような物言い。
 けれどその問われた内容はひどく重大であった。
 聖座の眼。
 魔王を倒すために絶対必要といわれた宝玉。それほどに甚大な魔力を秘めていると言われている。それを魔王の一の配下と目される妖魔が奪った。その意味。そして、それを再奪取することの意味。
 しかし、応じたリファインもまたあっさりしていた。
「元々予定のうちだ。貴様が邪魔だてしないのであれば、その力は心強い」
「……君にそう言われると、心踊るねぇ」
 まぁ、私は”あと”のことなんて知らないけれど。
 ただ、それだけのやり取りだった。それだけで、魔王配下の妖魔アザトからの聖座の眼奪取が決定されたのだ。
(ううん、それだけじゃない)
 それだけで済むわけない。アザトの背後の存在が、黙ってみているわけがない。旅を続けるなら、必ず相応の妨害を受けるのだろう。きっと、今までよりもずっと辛い旅になる。
 でも。
 アリーナ君は気が付いたらぎゅっとカリの服の裾を握っていた。
(……やってやる!)
 改めて決意し直す。―――その時、室内にいた第四の男が口を開いた。
「お〜いおい、ちょっと待てよアンタ等忘れてねぇ??」
 ふてくされたように膝を放り出した姿勢の男は、たんっと弾みをつけると身軽な動きで立ち上がった。人差し指を己に指し示して告げる。
「あのお宝はまだちゃんとアンタ等に返したワケじゃねぇんだから、俺のだろーが」
 にやにやと口端を弛ませる男にあ然となったのはアリーナ君だ。
「オマエ……ぜんっぜんわかってねー。あれはオマエみたいなこそ泥が持ってたって…」
「ハイハイ。ガキネコはこっちで遊んでよーねー」
「……ぬあッ!」
 いきなりぐいっと脇にやられたアリーナ君はうめいた。その視界で、赫斗がカリに詰め寄る。遠慮会釈もなく、カリの顎を取ってその秀麗な面を自身に向けた。
「さっきは暗くて気付かなかったけど、あんたすっげぇ美人だなぁ、魔法使いサン。……なぁ、俺も連れて行けよ。あんたの役に立ってやるし」
 感嘆するように息を吐く赫斗。カリはさも可笑しげに笑みを深めるだけで―――いつの間にか、あとほんの少しでも赫斗がその顔を伏せたなら、触れ合ってしまうほどの距離になる。
(な、な、な)
 この場で一番慌てふためいたのはアリーナ君だった。
「なななななにやってんだよーッッ!!!!!!!!!!!!!」
 まさしく猪突猛進の勢いで赫斗に激突した。部屋の端まで張り飛ばされた赫斗は、一回転すると敏捷な動きで体勢を立て直す。同じく近くに転がったアリーナ君の首根っこを捕まえると、そのままぐいっと持ち上げた。
「…ってめぇは何するんだこのクソガキネコ!!」
「放せッ!! オマエこそ、オマエこそ何してんだよちくしょう!!」
「何って、お近づきになってただけだろうがよ。ガキが邪魔すんじゃねぇよ」
「なぁッ!?」
 わなわなとアリーナ君が震える。その顔はネコ耳の先まで真っ赤に染まっている。
「じゃ、邪魔なんか全然してねぇよ! じゃなくてっ!! 邪魔なのは全部オマエだろッ、オマエこそ邪魔すんじゃねえよっっ!!」
 ぎゃあぎゃあと喚いているが、赫斗に首の根を捕まえられている様はまさしくネコの子なアリーナ君である。
「邪魔だと? そいつはオマエの方だろう。大体オマエがあん時ちゃーんとお宝を受け取らなかったのがだなぁ……」
「なぁッ!! 人のせいにするなよなッ!! だいたいオマエが元々盗まなかったら、こんな面倒なことにはならなかったんだぞッ」
「盗まれる方が悪いんだろ?」
「……なぁあああああああああッッ!!!!!!」
 話にならないとアリーナ君は赫斗から数歩飛び退った。腰を落として、戦闘態勢を取る。
「オマエなんか、やっぱりオマエなんかぶっ倒す!」
 対する赫斗は軽く肩を竦めた。
「なんだぁ、やる気か?」
 くくッと微笑う顔に、思いっきりバカにしたような色が走る。それを見止めたアリーナ君は、どかんと音がしてもおかしくないぐらい怒り狂った!
「ぜってぇ、ぜってーぶっ倒す。オマエなんか大ッ嫌いだ!」
「ハイハイ。嫌い上等。どっこからでもドウゾー」
 手の平をヒラヒラさせておどけて見せる赫斗に、アリーナ君の堪忍袋の尾が引き千切れた。歯軋りしそうに奥歯を噛み締めて、唸る。
「くっそぉおおおおおお、バカにしやがって!!」
 確かにさっきは遅れを取った。けどッ、でもそれは絶対断然飛び道具のせいなのだ!! 自身に言い聞かせるように結論付けると、アリーナ君はダガーを出される前にと、赫斗に向かって飛びついた。赫斗の方も元から飛び道具で応じる気はなかったのか、アリーナ君を正面で受けとめる。繰り出された拳を軽く払って、お返しとばかりに赫斗は両のネコ耳をぐいぐい左右に引っ張った。アリーナ君は目の端に涙を浮かべて赫斗の指を振り払おうともがく。闇雲に腕を振り回した。
 その様子は、どこからどう見ても、嫌がるネコをひたすらからかって遊んでいる人間とからかわれジタバタ暴れているネコそのままであった。
 それを横目にふっと息をついたのはカリである。
 その面差しは変わらず美しい。しかしどこか―――どこか陰りが差しているように伺えるのは室内の乏しい灯りのせいばかりではないというのか……もう一度、カリは息を吐き出した。それとともに僅かに歪む眉間。吐き出す呼気も、やや荒い。

「……何か?」

 そっと斜め後ろに回りこんだ男に問い掛ける。
 視界の端に銀の揺らめきがかかっていた。それほどに近い距離。
「肩を―――私に凭れ掛かって構わない」
 そう告げる男に、カリは笑みを洩らした。それはどこか苦笑に近い。
「しばらく見ないうちにお前も人が悪くなったよね」
 背後を振り返りもしない。けれどそれは、背後に立つ人物を確かめる必要もないということに通じるのだ。
「……貴様こそだいぶ変わったようだが?」
 少なくとも私の知っていた男ならば、負担となるあの少年は置いていっただろう。面倒なことをとことん嫌うからな。
 リファインのつっけんどんにも聞こえる指摘に、カリは再度笑みを洩らした。
「本当に……人が悪くなった」
 小さく呟く。

 ―――別に、たいした意味なんてないのだよ、と。

 あえて理由を作るなら、必死の表情を浮かべたアリーナ君がもっともっと見たくなったというだけ。いつもの日課の延長線上のこと。退屈を紛らわせているだけ。ただ―――ただそれが、自分にだけ向いているなら、尚更良いと思えた。それだけのことだ。
 カリは取っ組み合いを続けている二人に目をやった。どうやら両手で掴み合ったまま、力比べをしているようだった。まだ、当分決着がつきそうもない。
 浅く目を伏せた。
 こちらに気づくこともないだろう。
 確かめる素振りすら見せず、カリはその上体を斜め後ろへ傾いだ。ぱさりと、その身体が柔らかく受けとめられる。
「……少しだけ」
 ほんの少しだけ。
 許容を超えた魔力を放出した徒労感が全身を覆っている。その上で、怒りに任せて街ごとぶっ潰すほどの魔力を放出していたらどうなっていたことだろう。
 まぁ、終わったことだし……どうでも構わない。
 ただ、今だけ。ほんの少しだけ。
 この呼吸を静めるまでは。
 背後からの返答はなかった。

    ◇   ◆   ◇   ◆

 翌日。これぞと言わんばかりの晴天が、彼等の新たな旅路を燦燦と照らし出していた。
 行き先は聖座の眼に掛けられた探知呪文が指し示した西。共に行くは4人の男。それぞれ、至上最強最悪の名高き魔法使いに、その弟子約一名。そして誉ある王宮騎士に赫い疾風とも呼ばれる世紀の怪盗も加わった、4人パーティ。取り合わせの珍妙さは拭えないものの、とにもかくにもそのうち3名の能力は折り紙付きである。今この世界でこれほどに強力無比な取り合わせは他にあるまい。
 いざ進まん、その段になって思い出したように魔法使いがアリーナ君を引き寄せた。
「じっとしておきなさいと言ったでしょう?」
 どこかで聞いたような台詞を耳元で囁かれる。
 ぞわぞわと嫌〜な気配が足元から立ち上ってくるようで、アリーナ君は自分の身体を抱き締めた。
「それに、私の詠唱の邪魔はするし……何より、信じ難いですが―――君は私が負けると、そう思ったでしょう?」
「!!!!!!!!!!!!」
 ぶんぶんと全身を振って否定してみるが、カリの上機嫌な顔はますます愉悦の色を濃くするだけ。経験則でこれからどれほどに最悪な出来事が起こるかわかってしまうアリーナ君である。うんざりと眉根が垂れる。
「―――口を開けなさい」
 その命令にも、嫌だけれども、とてつもなく不平不満だらけだけれども、しぶしぶ従う。従わなくてもっと災難になったことも、何度となくあったからだ。
「……んうッ!」
 けれど、さすがに顔を近づけたカリに口を覆われて、その舌をぺろりと舐められたら、抗議の一つだって噴き出してくる。そんな不意打ちをされると、心臓がもたなくなる。
(何する―――んだッ!)
 最後の「だッ!」と言う部分が押し退ける動きと共に口から飛び出た。飛び出たはずだったのに―――
「……!!??」
 アリーナ君は慌てて己の口を塞いでいた。
(……オレ、今、なんか変なコト言ってなかったか……?)
 嘘だ。空耳だ。聞き間違いだ。きっとそうだ。
 でも、そう思いこみたいのは山々だけれど、目の前のこの邪悪極まる魔法使いの凶悪な笑顔はまさに輝かんほどで……抑え切れない悦に口元に指先を押し当てる。
「以前、君に『ご主人様』自動変換の呪いを掛けたでしょう。あれを少し変改させたものです。言葉じりにうまくくっつくんですよ」
 くすくすと、指の間から零れる笑声に、アリーナ君は頭を抱えた。
「すごく似合ってます」
 もう片方の手でネコ耳ごと頭をふさふさ撫でられる。アリーナ君が頭を抱えているものだから、傍から見たらアリーナ君がカリに慰められているようでもあった。
(―――コイツも絶対、ホントに絶対にいつかぶっ倒す……!!)
 内心の固い決意。けれど、ため息まじりにその口先から漏れたのは―――まがまがし過ぎる呪いの影響で、勝手に改変されてしまい―――
「…にゃー……」
 まるでネコの子そのままの鳴き声。
 アリーナ君はまたも慌てて口元を押さえていた。油断すると、普通に口から飛び出てしまうのだ。
(……くっそぉおおお!!!!!!!!)
 ぎりぎり歯軋りする。「お仕置きですよ」なんて、こんなの本当にお仕置きなのか!? お仕置きって普通こんなのなのか!?
 あまりの羞恥に、眩暈すら感じてしまうアリーナ君である。
 しかし、どんなにアリーナ君がしおしおにヘコんでしまおうが世界は回るのだ。少し離れたところから、事情を知らないリファインが出立を告げてくる。
 さも可笑しげに笑んだカリが促すように腰を引いた。
 
 世界を巻き込む冒険の旅が、今、幕を開いた。




―第2章完― 



あははははは(←壊れてます)
ようやくにして、冒険活劇っぽくなってきました!(←自己判断)
次からは、もっとドッタンバッタンな予定です。
勿論、各々の恋愛面も、きっと、たぶん……
ではでは。ここまで読んで頂いて本当にありがとうございますv


(03 05.10)


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