アリーナ君と魔法使い・第2章


 ◆◇ 8 ◇◆
 
 リファインは室内の惨状に視線を巡らせると、深いため息を付いた。
「貴様はどうしてものの程度というものを知らないのだ!」
 額に手をやるが、その額にはうっすらと汗が浮き出ていた。心なしか、息も多少荒い。
 それも仕方ないだろう。彼は、酒場からこの時計塔まで、一気呵成に走ってきたのだった。それも、消え去る間際にカリの残した、「淋しかったらとんがり屋根においで」という言葉だけで―――そのヒントだけを頼りに、町中を駆けずり回ってようやく。
 リファインはジタバタと足掻いているアリーナ君をうしろから羽交い締めにしているカリに視線を向け、もう一度、心肺に溜まった息を吐き出した。
「……こそ泥一匹を始末するのに、どうして町全体を吹き飛ばす必要があるのだ」
 いや、もう、全く正当な言い分である。
 しかし、それを聞くべき当の本人というのは世間の常識というものの対極に位置する存在であった。これ見よがしにアリーナ君のネコ耳の先端を食むようにして笑む。
「だから言ったでしょう。全く誰も彼も私の言うことを聞いていないようだ……」
 その刺激に、アリーナ君はきゅっと身体を強張らせた。手応えに、カリがさらにガジガジ先端を歯噛みする。アリーナ君が身体をねじって逃げようと頑張るのを、逆にぎゅっとその腕の中に捉え、カリは悦に入ったように笑みを深めた。
「―――イアン、私は派手な方が好みなんですよ」
 花火もより大きく紅い方が綺麗でしょう? 混乱も、町中を巻き込んだ方がより壮大だ。それに、抵抗だって必死にされた方が私が愉しいし……こういう大仰なアリーナ君の耳だって、こんな愉しみ方がある。
 告げるや否や、カリはアリーナ君のネコ耳の内側に舌を這わせた。途端、両の耳がへなへなと力を失ったようにしおれた。―――なんともわかりやすい反応である。
「ね?」
 可笑しそうにくすくす笑い出すカリ。アリーナ君は今にも爆発しそうなぐらい顔を真っ赤にさせて暴れた。
「うううーッ!!!」
(くっそーッ、放しやがれこの変態ッ!)
 口に出したらコテンパンにお仕置きされてしまうのは必至なので、毎度のことながらアリーナ君は頭の中で思いつく限りの罵倒を繰り広げた。視界では、リファインがその精悍な顔を不快げにしかめさせて左右に振っている。この人物も、なんだかんだで結局カリに振り回されっぱなしなのかもしれない。
「頭が痛い……」
 そう唸るようにリファインがもらしたのに、オレなんか耳噛まれたんだぞしかもコイツ本気だし、めためた痛ぇっての!!!――――と、アリーナ君は己のよりレベルの高い不幸を脳内であげつらった―――その視界の隅で。
 風が一陣、通り抜けた。赤く残像する、風。

「え……、ああっ!」

 ――――リファイン、左ッ!!!!
 アリーナ君が叫ぶよりも、数段、彼の動き出しは滑らかだった。
 佩刀した剣を鋭い音をたてて鞘走らせる。無駄な動きなど介在しない。リファインはその剣先を迷いなく左後方へと滑らせた。切っ先は寸分狂いなく赫斗の喉もとで制止する。
「……動くな」
 リファインの硬質な声が静かに、けれど抗い難い圧力を備えて、剣先に続いて振り下された。
 赫斗は縫い止められたように、その場に立ちつくした。しかしその表情に怖れや焦りの色は一切表れない。
 赫斗はまるで足元でも確認するように、何気ない仕草で突き付けられた剣を見下した。
 機を見るに敏なこの赤毛の男は、新たな男の登場―――その後の彼らの馴れ合いに隙を見出すや、それに乗じての脱出を図ったのだった。出口の扉まで、最速で2秒。その2秒で扉の前に立つ男をうまく躱して、この危地から逃げ出せる。自分のスピードをもってすれば、出来ない計算ではない……はずだったが。
 ―――予想外だっての……
 まさか、この男がこれほどに剣を使えるとは想定していなかった。無論、もう少し余裕があれば、赫斗の観察眼をもってして、男の立ち振る舞いからその経歴や腕前の程ぐらい看破できたのだが……
 ―――んな、チマチマやってる場合じゃねーってヤツだったワケだ、この場合。
 だからこそ、赫斗は即断で走った。それはある意味、赫斗の信条だ。ずっとそうやって生きのびてきた。今までだって、同じぐらいヤバイ局面は何度だってあった。けれどその度に、躊躇なく赫斗は自分の即断に賭けた。相手より先に動く。それでやってきたのだ。
 そして今回、生じた隙に”走れ”と瞬間的に判断した。そして走って、結果、剣先にあえなく立ちつくした。
 ――――クソっ。
 口の中だけで小さく舌打ちを入れる。
 ほんの少しでも逃げる素振りを見せたら、その切っ先は躊躇なく自身の喉を掻っ切るべく動くのだろう。そう悟らざるをえない、銀髪の男が下す鋭敏な視線。
 ―――さて、どうする?
 先端が、ちくりと皮膚にめり込む。そこの痛点が、僅かな刺激を意識に送ってくる。
(どーするよ、俺)
 赫斗の思案が、一瞬、室内に緊張を張り巡らせた。懐に抱えた宝石箱の足を思わず知らず握り締める―――きつく、きつく力が加わる。
 背筋にはすぅっと汗。時計塔の地下の小部屋に、どこからともなく微風が吹く。緩やかに、頬を風がくすぐる―――

 ―――オーケーオーケー。判りましたよ。

 次の瞬間、赫斗は相手にも聞こえるぐらいの盛大な吐息を吐き出した。
「まあまあ。んな危ないモンはしまえよ、銀髪の兄さん」
 辺りを覆う緊張が、赫斗のそのあからさまに友好を装った一声で破れる。
 一度目を瞑ると、赫斗はおどけるように肩を竦めた。両手を軽く上げてみせる。
「あ〜、もう降参降参。あんたみたいに剣の腕が立つヤツと、あっちのヤバイ魔法使いさんじゃーねぇ、……さすがの俺も参ったってカンジだ」
 いっそ潔いぐらいに、赫斗はさばさばと言ってのけた。ていうか命あっての趣味ってやつだよなぁと洩らす辺り、存外あっさりとした性分なのかもしれない。無論、彼我の状況を踏まえた上の「降参」であることは言うまでもないが。

(ってか、なんでオレは頭数に入ってないんだよッ!!!!!!!!!)

 すっげームカツクしっ。アリーナ君は降参ポーズを取る赫斗をギリギリと睨みつけた。後背では、「ふぅん」などとつまらなさそうに鼻を鳴らすカリの気配。リファインはその剣先を微動だにしない。
「あー、信用ねぇなあ。―――ホラこれ、これにブツは入ってるし。ちゃんと返すからさ」
 赫斗は上げた両手の、右の手で抱えた宝石箱を軽く示す。その中に聖座の眼が納められているのだろう。それを、剣を突きつけるリファインに向かって差し出す。
「な? ホラ、受け取れよ」
 けれどリファインは剣を突きつけたまま一切動こうとしない。受け取る際に少しでも隙を見せたなら―――全面降伏している感のある赫斗であるが、機を見るに敏であるのは先刻で知れている。今度はこちらの方がしてやられるかもしれない。それほどにこの赫斗という男が油断ならないのを承知しているがゆえだった。
(あー、ったくナニ睨み合ってんだよ!!)
 そういう無言のせめぎ合いに全く気付いていないのが、やはりというか、コイツしかいないというか……そう、当然この場においてアリーナ君以外に他あるまい。イライラと口元をわなつかせた。
(みね打ちでも何でもキめて、さっさと取り上げたらいいじゃん!!)
 赫斗の動きは首筋に突きつけた剣で封じてるんだし、なんで渋ってるんだ? ほらーっっ、やれーッ、そこだいけーッと有り余った気合が爆発気味のアリーナ君である。ジタバタ、カリの腕の中で息巻いている。
 その耳にふと囁かれた。
「じゃ、アリーナ君が取っておいで」
 くすっといかにもカリらしい笑いをこぼす。キた〜と思わずアリーナ君が身構えてしまう、そんな発音の仕方で。
「私が見たところ、かの男は左に2本。右の袖に1本、得物を隠して持っているようですが―――それだけ元気一杯なら望むところでしょう?」
 ほら。そう言うと、カリはアリーナ君を前方に押しやる。
(うわぁああああっ!!)
 マジかよッと慌ててみても、カリの冗談のような言い草はいつだって冗談になってくれない。本気でアリーナ君を窮地に追い込む。
「えええええっと……」
 とりあえずとにかくごまかせるかどうか試してみるアリーナ君。なんてったって、まだ武器を隠しもってたなんて知らなかったし!! だからリファインだってヘタな手出しを控えてたってワケで……そんなのオレなんかが――――しかし、どんなに焦ってみても、カリからは笑顔を一つ返されただけであった。
「私が援護してあげるから問題ないよ」
 嘘だ。
 コイツは絶対に援護なんかしてくれない。くれるはずない。後ろで、にやにや笑ってるだけだ!!
 そんなことは日頃の積み重ねられた経験で充ッ分すぎるほどに判っているのだが……だからこそ、前へ進むしかないというのもよーっく身に染み込んで理解しているという悲しさ。よよよと肩を落としたアリーナ君の背に、とどめとばかりにカリの妙に明るい声が突き刺さる。
「ダガーを振り回されたら、きちんと避けるように。まさか人質になるようなヘマは起こさないように。まあ……聖座の眼を取り上げるだけなのだから、そんな面白いコトにはならないでしょうし……もちろん君の失態は、主人として私が拭ってあげますが」
 そんなに愉しげにカリが告げて、アリーナ君のためになったことなんて一つたりともなかった。
(と、取って来るだけなんだろ!!)
 なのに、なんでそういう脅すッぽいこというかなぁっ!! やっぱコイツなんか大ッ嫌いだ。再確認するようにアリーナ君は唇をかみ締めた。
(くそっ。やっぱあの時コイツをぶっ倒すんだった!!)
 今更だけどそう思う。次こそは間違うもんか。絶対絶対、剣の向かう先を間違えねぇぞ!! 自分を鼓舞するようにアリーナ君はぎゅっと拳を握った。
 木っ端に砕けた家具を掻き分けるようにして一歩踏み出したアリーナ君を、赫斗が横目で薙ぐ。
「クソガキがしゃしゃり出るなって、痛い目合わすぞコラ」
 低く牽制してくる響き。身体の方向も意識も、アリーナ君なんて眼中にない―――はっきりとそう告げている赫斗。
「うるせーよ。さっさとソイツを返せ! コソ泥!!」
「がーがー喚くなって。テメエの相手してやるほどヒマじゃねぇんだよ、こっちは」
 言いながら、赫斗は軽くリファインに向けて顎をしゃくった。
「コレはあんたに返すって言ってんだよ。受け取れよ、銀髪の兄さん」
 ほらよ。そう言って、右手をさらに前方に押し出してくる。その袖口には、カリが看破したとおり、ダガーを一本潜ませている。この寸分隙のない男が、ブツを受け取る時にほんの少しでも剣への意識が逸れたなら―――いや、逸れなかったにしても、うまい具合にその腕を傷つけることが出来たなら、もう一度逃げるチャンスが生まれるかもしれない。それを企図しての言動だった。最後の賭けってやつだ。
 しかし、それはリファインも承知するところだった。赫斗を一睨するや、太い口調で告げる。
「いや、その子供に渡すのだ」
 赫斗に突きつけた切っ先を、リファインは威嚇するように、浅くその首筋に沈ませた。もし赫斗が反論するのなら容赦はしない―――言外にそう含ませる。
「…………」
 押し黙ったのは赫斗だ。篭るように、口の中でなにやら紡いだ。
 その言葉は聞こえない、けれど次の瞬間には、ギリっと、今度こそ流し目ではなくしっかりとアリーナ君を見つめてきた。
「―――わーったよ。こっちに来い、クソガキ。お前に渡してやるからよ」
 目線で招かれる。何時の間にか聖座の眼の入った宝石箱を胸元に戻しているが、あまりに自然な動きなのでアリーナ君は気にも留めなかった。
(取り返すだけ……)
 ごくりと生唾を飲み込むと、アリーナ君はまた一歩赫斗に近づいた。
(ダガー持ってるって言ってたけど……)
 油断しないように、受け取ったらうまく後ろにでも飛びのこう。リファインが剣で牽制してくれているし、絶対大丈夫。
 とりあえず、落ちついてやればいい――――そう気持ちを引き締めながら、また一歩足を進める。そんなアリーナ君をじぃっと見やった赫斗が、次の瞬間素っ頓狂な声を上げた。
「なんだぁ!?」
 注意深く聞けば、その声に幾分かの芝居がかった大袈裟な響きが含まれていることに気付いたかもしれない。しかし、アリーナ君にそれを求めるのは酷だろう。赫斗の次の台詞で、アリーナ君はこれでもかというほどに顔を真っ赤にさせた。

「お前の頭、変なのついてるぞ……ってそれ耳なのか? 飾りモンじゃなく? ……へっぇええええ。ふぅうううううううん。……お前って、ちゃんと人間なのか?」

 いくつかの蝋燭の明かりが照らし出す室内は、ほんのり明るい程度。格闘中にアリーナ君のネコ耳に気付きはしなかったのだろう。今更に現実を叩きつけられて、アリーナ君は羞恥に激しくうろたえた。
「ちっ、ちちちちちちが…うッッ!!!!!!!!」
 一気に血が脳みそに駆け上ってゆく。とっさに両のネコ耳を手の平で押し隠そうとする。
「じゃなくてッ! オレはちゃんと人間なんだけど、コレにはいろんな理由があって!!」
 ぜえはあと息が荒くなるアリーナ君。
「あーっと、つまりお前はクソガキじゃなくガキネコってことか? それともネコガキって言うべきか?」
「だーああああっ、そんなんじゃないッ!!!!」
 明らかにおちょくっている言葉に、まともに返してしまう。
(くっそー、くそッ! くそくそくそくそくそ……)
 もう、頭ん中がひっちゃかめっちゃかだ。恥かしさのあまり、頭が沸騰しそうになってる。
(大ッ嫌いだっ! やっぱり本気で大ッ嫌いだーッ!!)
 落ちつけと、リファインの冷静な声が耳に入る。けれどそれ以上にアリーナ君の鼓膜を乱打するのは、後方からのくくっと愉しげに空気を震わす振動。
(アンタが原因だろーッ。笑ってんじゃねぇよ!!)
 取るもとりあえず、歩みが大股になる。ぞんざいな仕草で赫斗に手を差し伸べた。
「もうっ、とにかく返せよッ!! お前、往生際悪すぎなんだよ!!」
「ハイハイ」
 揶揄の響きを篭めた返事を舌に乗せた赫斗は、あくまで調子がいい。竦めるように肩を揺らすと、胸元からほんの少しだけ宝石箱を持ち上げて見せた。さあ取れということだろう。
 アリーナ君は躊躇いすら見せず、腕をさらに伸ばした。乱暴に伸びた腕の、その指先が小箱のふちに届くか否か―――そのタイミングで、赫斗がふいに口端をクイっと引き伸ばす!!
「そうだな。俺は結構往生際の悪い方でな……」
 囁くような言葉と、右手の動きはどちらもこの上なく鋭かった。
(ええっ……)
 アリーナ君は状況を判断するゆとりさえないままに、ぐっとその腕を引き寄せられた。突然の引力に、逆らうことすら出来ない。体が傾ぐ。
「え、あ……ッッ!!」
 唇からは、戸惑いの言葉しか漏れなかった。転ぶ――いや、転ぶどころか。
 アリーナ君の身体の傾ぐ先には赫斗の引き締まった胸。強引に首の根を寄せられたのは、その意図は!!
 ―――捕まるッ。捕まっちゃうんだ、オレ!!
 その予感にアリーナ君は思わず両目を閉じた。ヤバイなぁと感じたのは、不思議に自分の命とかではなかった。
(うわぁ、また怒られる……)
 目前の危機よりも、もっとずっと真に迫った危機感。うぇえええ、ナニされるんだろう、次はナニされるんだろうッ!! そんな、ある意味緊迫感の欠片すらないことをアリーナ君が想起した―――その間に。
 事態は想像もつかない方向へと推移する。

(え……)

 ふいに何かが――――とてつもなく巨大な圧力が、空間に突然あらわれたような気がした。圧迫感に似たような感覚に、アリーナ君は一瞬あえぐように口を半分開いた。

「……ッッあ!」
「何っ!!」

 呼応する赫斗とリファインの掠れた叫び声に、アリーナ君は引き締められていたその目を見開いた。その行為は、なぜか酷く気力を必要とする。それでも、急き立てられるように見開いたその視界に、
「―――え?」
 零れるのは困惑も露な声だけ。
 つい先ほどまで―――目を瞑る直前まで、確かにアリーナ君の視界には赫斗との間に遮るものは一切なかった、というのに。
 アリーナ君は、眼前の黒く滑らかな絹の衣服を下から上へと視線を動かし見つめた。腰の辺りで、絹に劣らぬほどの光沢ある黒い長髪に目が止まる。心臓がどくんどくんと高鳴る。さらに上へと視線を巡らして―――そして、アリーナ君ははっきりと見止めた。
「な……」
 うまく頭が回らない。
 突然現出したその男が手に取っているのは、まごうことなく聖座の眼。触れるか触れないか、アリーナ君がつい先ほどその指先に爪掛けた宝玉。
 でも、そんなことよりもなによりも。

(だって、コイツ……)

 奥歯がうまくかみ合わなくなる。カッカッカッっていう変な音がするのは、上の歯と下の歯が擦れあっているからで……
 アリーナ君はぎゅっと拳を握り締めた。何かをそうやって食いしばってないと、今にも叫び出しそうだった。

(だってコイツの目の色……)

 いくら瞬いてみても、なにも変じはしない。
 紫だった。紫だったのだ!
 光の加減、なんていうのではなく。はっきりとこの目が見たのだ。
 紫。深い、内に闇でも抱えていそうな深い色合い。その艶美な面を飾る、禍禍しい両眼。

(コイツ……”妖魔”だ)

 赫斗もリファインも同じ結論に達したのだろう。身じろぎすらせずに男に対峙する。アリーナ君はただただ身体を強張らせていた。突然の降ってわいたような凶事に呼吸すらままならない。

「……これは」

 全く抑揚のない声で、妖魔が口を開いた。
 その声だけで、アリーナ君は失神しそうになる。こんなにも間近で妖魔と遭遇するなんて考えたこともなかった。恐怖でどうにかなりそうだ。
「これは私が預かりうける」
 その視線は、足元に伏せたアリーナ君も、両手にダガーを構えた赫斗も、臨戦体勢をとったリファインも素通りしていた。射抜くように見据える先には―――室内の奥、いかにもつまらないといった具合に眉を顰めたカリがいた。妖魔の視線にも、たじらぐ色すらみえない。
 妖魔はしばしの間、まるで観察でもするようにカリを見つめた。そしておもむろに視線を振り切り、口を開く。

「我が名はアザト―――この場は一旦引くことにするが、次は容赦しない」

 その語尾が微かに掠れた。そこだけに感情を垣間見せて、妖魔は次の瞬間には虚空へとその姿をかき消した。現れた時と全く同じく、一瞬で消えさった。
 しかしその手には、現れた時には手にしていなかったもの―――その場に残された全てのものが程度の差こそあれ追い求めていた世紀の秘宝、王さえ乞い求める魔王打倒の必須宝珠が握られていたのだ。
「―――マジかよ……」
 妖魔の気配が完全に消え去って……ようやく、ようやくにしてアリーナ君は言葉を押し出した。呆然と呟く。

 あと一歩、そこでアリーナ君らは聖座の眼を失ってしまった。



(03 05.02)


BACK<<         NOVEL          >>NEXT



PC用眼鏡【管理人も使ってますがマジで疲れません】 解約手数料0円【あしたでんき】 Yahoo 楽天 NTT-X Store

無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 ふるさと納税 海外旅行保険が無料! 海外ホテル