世界はキミのもの





【ROUND6】

 ―――愛してる。
 それは自分の中の相手を思いやる気持ち・ほとばしる気持ちをダイレクトに相手に伝える言葉。伝わる言葉。
 
 聞き間違いだったのだろうか?

 それとも、実は他の誰かと勘違いしたとか?
 もしくは、やはりからかうために?
 疑問詞は止めど無い。
 
(成瀬、お前ホントにそう言ったのか?)
 秀弥の頭の中は、ひたすらにその疑問がぐるぐる螺旋を描いていた。果てはまだ、どこにも感じ取れない。
 
|||||||||||||||||||||||||||||||||

 押し付けた手の平が擦れて痛んだ。
 コンクリ仕立ての屋上の壁は粗く突起が出ている。その突起で皮膚が擦れているのだ。
「くっ……はぁ、ぅんん!」
 後方からの突き上げに息が詰まる。秀弥は先ほどから口を大きく開けて、どうにか呼吸をしていた。ほとんど爪先立ちの足がぐらぐらしている。膝に力が入らない。成瀬に腰を支えられていないと、そのまま倒れこみそうだった。それだけは避けたいのか、秀弥は必死になってコンクリに爪を立てた。
 昼休みの真っ青な空の下で、秀弥は背後から成瀬に腰を押さえつけられて貫かれていた。秀弥よりも幾分も体格が良い成瀬が後ろに立っていて、正面には屋上の壁。その間で後背から壁に押し寄せられた秀弥は両手とつま先だけで体重を支えていた。その上、間断なく揺すられたのではたまらない。他のことなんか、何も考えられない。
 成瀬が、すごく深いところまでいるのがわかった。引き抜く仕草もごくわずかで、ずっと奥のほうばかりを責められていた。そして、片方の手で秀弥を抱え込んだ成瀬は、もう片方の手であらわになった秀弥のモノを巧みに扱いていた。まるで自身の動きに合わせるように、先端を浅く小刻みに擦る動き。
「んっ…ふ……ぁ」
 びくびくそこが反応していた。成瀬の指に割れ目を弾かれると目の前にチカチカ星が瞬く感じ。世間はこんなにさわやかなのに、校庭のほうからは生徒たちの騒ぐ声とかも聞こえてくるのに、成瀬にヤられながらあられもなく喘いでいる秀弥。そのシチュエーションですら、今ではさらに情欲を高めるだけ。
「ぅあ……あっ………なるせぇ…」
 腰が成瀬の動きにめちゃくちゃに翻弄される。もしかしたらもう、そのくびきが無ければ秀弥の腰は砕けていたかもしれない。それぐらいにそこは溶けていたから。
(………成瀬)
 最初から、すごく性急だった。
 昼休みになった途端、あっさりと腕を取られてこの屋上まで連行された。逃げるひまとか、抵抗する余裕とか、そういうものを一切与えてもらえずに、屋上についたらそのまま壁に詰め寄られてベルトを抜き取られ、そしてあえなく晒された。
 舌で中まで濡らされたと思ったら、衝撃が来た。
 「入れるよ」っていう一声とともに、鋭い感覚が走る。
(…ど……して、………)
 理由がわからない。今までもそうだったけれど………、嫌がらせにしては唐突できっかけなんか―――あの、成瀬の家にプリントを届けに行った事ぐらいしか思いつかなくて、でもたかだかそんなことで普通ここまでひどい仕返しするか?とは真面目に疑問に思うところである。悪いことどころかおせっかいレベルで親切をしたつもりだった。
 でも、今日は、もっと全然わけなんかわからない。
 今日は月曜なのだが、その前の土曜日曜に家に閉じこもって、携帯も、あげくに家の電話機すら電話線を取り外して外部からの接触をカットした秀弥である。電話線の件は日曜の昼間に母親にばれて再び取りつけられてしまったのだが………つまりは、その間、成瀬に対して心証を悪くするような行為は一切していないのは確かだということだ。
 では、やはり今日、成瀬に対して何らかしてしまったってことなのだろうか?
(………わかん、ない)
 この間の金曜のように、びくびく恐れはしていたものの、各授業間の休みの間中どこそこへ逃げ回っていたものの、成瀬の怒りやらを誘うことはしてなかったはずだ。予定では、昼休みも親友で副会長の貴久に頼んで、一緒に生徒会室で過ごすことになっていた、のに………
「ああっ………ん!」
 現実はこんな風に秀弥を苛める。ぐりっと成瀬の先端が秀弥の一番感じるところを強く擦り上げた。もう何度となく腰が宙に浮く感覚。自分では全然動けなくて、揺さぶりも息の仕方すら全部成瀬の思いのままにされている感じ。擦り上げ掻き立てられた秀弥のモノですら、成瀬次第。イきそうになって先端がパクパク開いて先走りを垂れ流す………それでも成瀬に根元を握り締められては達することなんでできはしない。
 秀弥はぎゅうっと眦を引き締めた。
 その隙間から、涙の粒がにじむ。………そしてそれがひとつの流れになって秀弥の頬を伝う寸前、空に瞬いた。大きく見開いた秀弥の瞼で弾かれたのだった。
(なるせっ!!)
 息が止まるかと思った。
 成瀬の唇が、今日はじめて秀弥の耳元に降ってきたから。
 期待して。めちゃくちゃどきどきしてしまって。
 同じように耳朶を甘噛みされて、吐息を吹きかけられて。
 秀弥はせり上がる感覚を覚えた。舌ってホントはめちゃくちゃに長くて、それが全部口から出てきそうなそんな感じ。
「ぅく………、ぁ」
 体中の神経が耳元に集中してる。成瀬の一言でも聞き漏らすまいって………そんな風に研ぎ澄まして。
 けれど与えられたのは、秀弥の集中した神経を蕩けさせる甘い刺激と、そして微笑の波動。ただそれだけで、成瀬の唇は耳元を通り過ぎて首筋に降り注ぐ。そこをきつく吸われる感覚。ピリッとした痛みが走った。

(………なんで)
 
 頭が割れそうだ。
 割れそうなぐらい、めちゃくちゃな衝撃が到来してる。
 体に直接与えられるのよりも、もっとずっとパンチの効いてるヤツ。

(言ってくれないのか?)
 何を、なんてそんな自問に答えなんてあるはずが無い。
 ただ、確認したかっただけなのだから。
 体中すべての器官を総動員して、どんなに微かな音でも聞き逃さないように………そうしておいて、期待は空滑りした。
 ショックはそういうレベル。

 瞬いた涙の粒が、再び雫を作った。
 今度は弾かれることもなく、しかし上下の激しい揺さぶりで淫らに歪曲を描いて秀弥の頬を伝い落ちた。それが屋上のコンクリに降り落ちたとき、秀弥は体内に成瀬の迸りを受け止めていて………そして、戒めの解かれた秀弥自身もその刺激にあえなく達していた。
「ゃ………ああっ!」
 自制なんて効く筈も無く、どくどくと大量の精液を成瀬の手の平に吐き出す。首筋の先ほどと同じ場所を再び吸われて、その刺激に腰が揺らめいて、まだって誘っているみたいだった。成瀬が背後で笑っているのがわかった。腰を支えていたほうの手に少し力を加えて、成瀬は秀弥を抱き寄せた。
「まだ足りない?」
 後方から、低い囁き。
 秀弥の精液で濡れたほうの手は、まだ結合したままの部分を撫でる。そんな些細な感覚にも秀弥の体は敏感に反応してしまう。成瀬を受け入れたところがひくつく。
(……っく、)
 自分がひどく淫乱なのはわかっていた。
 でも、それでも、機会があるならまだ期待しているから。
 今度は言ってくれるかもしれないって、そう期待してしまうから。
 秀弥は後方の成瀬にもわかるように、一心に首を振った。顔が見えないのはある意味良かったのかもしれない。こんな、真っ赤になった顔を見られずに済むのだから―――そう、自嘲しながら。
 成瀬はくすりと笑うと、秀弥の腕に手を伸ばした。剥き出しの秀弥の右腕を掴んで引き寄せた
「後20分残ってるな」
 秀弥の手首にある腕時計で時間を確認して、成瀬は軽く前後に腰を揺らした。
「いいよ、後1回しよう」
 耳元でまた囁く。低くて、ずぅんと体内の深いところまでクる声。
 秀弥は小さく「うん」と呟いた。
 その声で、その低い声で、囁いて欲しいから。
 だから、顔を火照らせながらも秀弥は頷いたのだった。

|||||||||||||||||||||||||||||||||

「秀弥〜、なんかお前具合悪いのと違う?」
 窺うように顔を傾げてこちらに心配そうな視線を向けるのは秀弥の長年の友人である相葉貴久であった。大型犬みたいな印象を受ける優しげな瞳の持ち主だ。今も、本当に秀弥の体調を心配している様子がわかる。
 だが、秀弥は貴久の心配げな眼差しには申し訳無いと思いながらも、静かに首を振った。
「いや、具合は悪くないよ」
 無理やりにでも笑顔をつくって見せる。
 本当に具合が悪いわけではなかった。確かに腰に重い感覚はあるし、全体的にダルい気分だけれども、今は放課後である。昼休みの情事の痛みがそこまで残ってるはずが無い。………というよりも、もともと成瀬はそんなに痛くはしない。最初の、貫かれるときの痛みだけで、あとはめくるめく快楽ってヤツだ。
 自分で思っておいて、はああああとため息をつく秀弥である。
(めくるめく、ね……ああああああ、もう、俺って!)
 後悔が波のように押し寄せてくる。
 はっきり言って、昼休みの二回目は―――あれは、絶対に秀弥から誘っていたと言われたら返す言葉も無い。そのとおりですって感じだ。
 でも、それでもどうしても、確かめたかった。
 ………けれど、得たい言葉はひとつたりとも得られず、秀弥は成瀬にあの後も二回も上り詰めさせられてしまった。一回目のときみたいに戒めを受けなかった秀弥のそれは快楽に順応してくれたのだ。そして、それらすべてを………秀弥の中とかも含めて、成瀬がすばやく片付けてくれて、それも全部されるがままで気がついたら5限の授業を受けていた秀弥であった。
 でも、それでも、だ。
 やはり最初いきなり屋上に連行されたのは不本意この上ない!
(俺が、いったい何をしたって言うんだ!!!)
 何度も確認しておくが、秀弥の今日の行動に何ら成瀬を刺激させることは無かったはずだ。……それはもちろん一時間目も二時間目も三時間目も、すべての休み時間は逃げまくってたけれども、それは今更仕方ないじゃないか。
 それとも、あれだろうか?
 ふと、秀弥は思い出した。
 今日は月曜日で、月曜日と言えば恒例の全校集会の日。朝っぱらから校庭に並ばされて、先生やら校長やらのお話を拝聴するもの。生徒会長である秀弥にとっては、司会進行やらちょっとした連絡事項を全校生徒の前で喋らないといけない毎週のイベントのようなものだ。最初のうちこそ照れやら恥かしさが付きまとったが、最近は場慣れしてきて、テキパキとこなせるようになっていた………筈なのだが。
 口を開こうとした瞬間、自分のクラスの方向から強い視線を感じてそちらに向き直った。
 その顔が、かぁああああと赤く染まるのを秀弥は止めることができなかった。
(な、何で成瀬いるんだよ〜〜〜)
 そんなことは初めてだったのだ。成瀬なんか、そういう学校のイベント系には一切顔を出したことが無いヤツが―――それでいて、教師からまったくクレームを受けないのだから、やくざの息子の看板も結構悪くない―――なぜ、こんな一番ありえない場所で立っているんだ!? 朝だぞ! まだ、8時30分なんだぞ! 
 月曜で、土曜日曜のブランクがあっただけに秀弥の衝撃は大きかった。
 背が高くて、朝日に髪の毛は綺麗に染まって金髪っぽく見えた。こんなに遠いのに、茶色い瞳が普段より少し薄められている様がはっきりとわかったし、何よりその存在感だけで秀弥はノックアウト寸前になる。
(………ああああああ)
 公衆の面前で、秀弥はがくっと腰砕けになった。
 連絡事項なんか、頭の中から完全に吹っ飛んでいた。口を押さえてうずくまる。ざわざわと騒然となる場。なにせ、生徒会長が壇上に上がった途端、うずくまったのだから何事が起きたのかと皆がざわめくのも無理は無い。
 実のところ、その笑顔で生徒会長の座を得たともいわれる秀弥である。無論本人は知る由も無いが、たいそう人気がある。それは女子からもだし、同じ位の比率で男子からも相当の人気を誇る。その秀弥が、いきなり頬を染めて口元を手で覆ってしゃがみこんだのだ。皆のざわめきの論点もある意味ずれていた。
 そこへ現れたのが近くに待機していた副会長の貴久であった。
 壇上に走り寄って秀弥を抱え込むと、簡単に「会長は気分が悪いようなので、書記の広沢から連絡事項を伝えます」とマイク越しに説明すると、そのまま秀弥の肩を担いで保健室へと連れて行ってくれた。
 場も、生徒会長と長年の友人でありそのボディーガード的役割の副会長が介抱したことですんなりと治まった。副会長の相葉貴久が秀弥が会長選に立候補したのを知って、それを補助するために自らも立候補したのは有名な話である。全校生徒の中でもそういう事情を知らないのは秀弥とあと数人いるかいないかぐらいだろう。
 そして、保健室に連れて行かれるなり「とりあえず寝ておけ」という貴久の心配をよそに、健康的にはまったく問題の無い秀弥が授業をサボれるはずがなかった。「ちょっと立ちくらみが………」とキツイ言い訳をして、どうにか貴久を納得させて、秀弥は教室に帰ったというわけであった。
(やっぱ、思いきり目をそらしたしなぁ………)
 あれほどあからさまに目をそらしたから、だから成瀬は怒ったんだろうか?
 そのうえ、目をそらした瞬間しゃがみ込んでしまったから?
(む、むかつくかもなぁ………)
 それであの昼休みの行為になったのだろうか?
 思い出したら、またもや顔が火照ってくる秀弥である。立ったままなんて、なんていうかその、屋上だし、真昼間で………、学校の中で………
 耳まで赤く、熱くなる。
 その秀弥の耳に、貴久の冷静な声が鋭く侵入してきた。声自体が鋭い口調なのではなく、その発せられた単語が秀弥の耳に突き刺さる。
「………成瀬、なんだけど」
「ええええええっ!!」
 貴久からいきなり成瀬の名を出されて秀弥はかなりでかい声で叫んでしまった。
 パニック。
 頭がわたわたしてくる。
「なななななななに!?」
 ろれつもうまく回らず聞き返す。やばいくらいに、めちゃくちゃ語尾が上がってる。
 貴久が眉をひそめて見つめてきた。
(うわっ……何してんだよ、俺! 落ち着けって!!)
 しかし、一度は成瀬との現場に扉一枚隔てて居合わせたこともある貴久―――そのときはどうにか気づかれずに済んだんだけど―――を前にして、まったくの平静でいられるほど秀弥は人生経験をつんでいなかった。目線が生徒会室の四方に泳ぐ。
「……いや、なんか、変な話聞いてさ」
 もう、それだけで秀弥は真っ青になった。
(変な話って……それって、変って………!!!!!!)
 だだだ誰かに、やっぱり目撃とかされてしまったんだろうか?そりゃ、屋上とはいえ、完璧に死角になっているってワケも無いだろうし、秀弥や成瀬のように屋上が開放されていると知っているものが他にいないとも限らない。声だってかなり出ていたのだ。
 秀弥はごくりとつばを飲み込んだ。
「へへへへ変な話って???」
 なるべくいつもの調子で話そうとするが、うまくいかずまたもやどもってしまう。
 しかし貴久は自分の考えの方に集中していたために、あまり秀弥の変調には意識していないようだった。少しためらって、そして口を開く。
「秀弥さ、最近あいつに付きまとわれてるんじゃない?」
 ずばりと核心に切り込んでくるセリフ。
 死刑宣告にも似た衝撃を秀弥に与えた。びくっと一回からだが撥ねる。
「ぁ………あああああ、ええと」
 うまい言い訳が咄嗟に出てこない。
 だが、貴久は秀弥をそっちのけで言葉をつなぐ。
「なんかさ、秀弥のクラスに佐倉裕子いるじゃん、あいつが触回ってるんだよな。秀弥がこの間成瀬に誘拐されたってさ。で、しかもよく考えたらその次の日って秀弥が休んだ日じゃん。で、今日は今日で昼休み一緒に飯食おうって言ってたのに、秀弥教室にいないし………で、聞いてみたら沖が成瀬に連れて行かれたって言うし………」
 貴久はようやく秀弥に視点を合わせた。じぃいいいと秀弥を見つめる。
「お前、あいつになんかされた?」
 来た、という感じだ。
 秀弥はわかっていても、脂汗が額に浮くのがわかった。
「あああ、ええと、いや、その……」
 埒もあかない言葉だけが口をつく。
 なんと言えば良いのか、まったく頭に浮かんでこなかった。とりあえずこの場を切り抜けないといけないっていう気持ちだけで焦りが生じる。
(…んな、犯されたとかいえるわけが無いだろー)
 ずっと友達をやってた貴久である。だからこそ、そういうことは言えなかった。
 秀弥の受け答えに不審を覚えたのか、貴久は少し表情を曇らせた。
「成瀬って………あれだろ? お前、マジでなんかされたんじゃないか?」
 秀弥の腕を取って詰め寄る貴久。やはり押しに弱い秀弥は、それだけで白状しそうになる。それでもどうにか話をはぐらかそうと言葉を押し出した。
「………あれって?」
「やくざ、の息子ってヤツ。確かにアイツ、めちゃくちゃ雰囲気あるしな」
「雰囲気………」
「あー、同い年とは思えない感じ。基本的に睨みが入ってる気がしない?」
「え………」
 秀弥は首をかしげた。
(睨んでる?)
 確かにめちゃくちゃ怖いけど、だけど、基本的に睨んでたりはしてないと思う。
 それどころか、ごくごくたまに垣間見せる笑顔とか、その、めちゃくちゃ綺麗だし……色素の薄い目が細められたときのその顔って結構優しそうでもある、し………
(あ、いや、でも……やっぱ怖いけど)
 思わず自分に対して言い訳してしまう。
「秀弥もしかして成瀬に殴られたりとかしてない? 脅されてるとか?」
 あやふやな態度の秀弥に焦れたのか、貴久は気遣わしげな視線を送ってきた。実はそういう暴力が怖くて何も言えないんじゃないのか………そう言いたげな視線。
「…え!」
 秀弥は咄嗟に首を振っていた。
「あ、全然、殴られたりとかないよっ!」
 反射的な返答だった。
 だって、成瀬にそういう風にされたりとかは本当に無かったから。
 それでも貴久は疑わしそうな視線を変えない。
「アイツって、めちゃくちゃイロイロ噂とかあるけど、マジなの?」
「え………でも、そんな悪いヤツでも………、………? …!??」
 首を振る。
「えええっ!!」
 秀弥は自分の言おうとしたことに自分で驚いて叫んでいた。
(おっ、俺、何言おうと………!!)
 今、そんな悪いヤツでもないとか、そう言おうとしてなかったか??
(嘘だろー!!!!!!!!)
 秀弥は目ん玉が飛び出るぐらい見開いていた。
 ”そんな悪い”どころか”めちゃくちゃ激しく悪い”ヤツだろう!!
(俺に入れやがったんだぞ、アイツは!)
 動揺してる。頭がうまく活動していない。秀弥はもう一度強く頭を振った。とにかく、ただのクラスメイトで少しだけ話をするようになったとか、苦しいけどそういう感じできり抜けようとか思案したときだった。
「しゅ、秀弥っ………何それ!!」
 貴久が自分の椅子から飛びついてきた。リクライニングの柔らかな背に秀弥は押し付けられた。そのうえで、頤を強引に左に巡らせた。あらわになる秀弥の首筋。―――そこに薔薇色に色づいた印。
 貴久はそれに指を這わせた。
「腫れてない………虫じゃ、ない?」
 貴久は呆然として一人ごちる。
「え、ええ? 何?」
 ワケがわからず、秀弥もあわを食う。自分の首筋に何があったのか、気になってそこに指を持っていくが、別段何かあるとは思えなかった。しかし、貴久は猛烈に焦っていて、何やら「ああああ、俺がバカだった」とか「何のためにずっと見守ってたんだ」とか「こうなるんだったら……」とかいろいろ口走っている。
「ど、どうしたの、貴久?」
 教えて欲しくて貴久を見上げた。その、背後から。
「開いてるよ?」
 聞きなれた声。低く響いて、こもらない声。綺麗な声。
 目の前の貴久が、今までに見たことが無いぐらいはっきりと怒りの色を漂わせてドア近くにいる成瀬に睨みをいれた。なんだか、椅子に座った秀弥をそこへ閉じ込めるみたいに、両腕を椅子の背に回される。
「ここは生徒会のスタッフオンリーなんだけど?」
 最初からバリバリに敵意剥き出しの威嚇。生徒会室に無断で入るなとまずは先制攻撃をいれる。が、成瀬は普通に挨拶でもされたように軽く受け流した。
「ああ、悪いな……だが、もう入ったことはあるよ」
 口の端がわずかに持ち上がっているのは、それは微笑。余裕の現れだった。
 そういうものはひとつも見えなかったけれど、秀弥は成瀬のその口調だけで再び頬が熱くなるのを感じた。
(成瀬、お前何言って………)
 成瀬がこの生徒会室に入ったことあるのはただの一度きりで、そのとき、ここで、この椅子で何をしたか忘れたくても忘れられない秀弥である。眼前に貴久がいるのに、そんな反応を見せたらめちゃくちゃに怪しいじゃないか!!
 しかし貴久は影で帝王とも呼びあわされたりする成瀬を前に緊張して対峙している為、秀弥の頬の赤らみには気づきもしなかった。ぎりっと目に力を入れる。
「成瀬、お前秀弥に何したんだ?」
 ビックリするぐらい険の入った声。秀弥と一緒にいるときに貴久がそんな態度や口調を取ったことなど一度も無かった。秀弥が仰ぎ見ると、その眦はきつく伸びていた。
(貴久………?)
 けれど、成瀬はまったく動じない。足音がするからには、室内に入ってきているってことだろう。くすりと笑ったようだった。
「ああ、聞いてないんだ?」
 恫喝するよりも迫力のある笑い。こんなだから、みんなが黒い噂を撒き散らす。
 貴久も一瞬息を飲んだが、思い起こして再び口を開いた。
「だから、貴様、いったい何をしたっていうんだよ!」
 貴久の怒声に秀弥はびくっと肩を揺らした。それぐらい、初めて見る貴久の険ある様子にビックリしていた。
 その肩に、後ろから冷たい指が伸びてきた。指はすごく冷たいのに、撫でるその仕草はすごく優しげで落ち着く。
「相葉、聞きたい?―――それとも、見たい?」
 反対の腕で秀弥の頭をぐしゃと混ぜて、成瀬は言う。その声は低く穏やかだ。それでも、ある意味秀弥にも貴久にもさまざま影響ある言葉で。
 秀弥はなぜかめちゃくちゃに顔を赤らめた。成瀬に押さえ込まれたみたいに、頭を下へ向けた。貴久は根性でまだ成瀬を睨んでいたが、それでも何やら思うところがあったのだろう、瞳に物問いげな光を載せる。
「おまっ………」
「ああ、これ、見たんだ」
 貴久がすべてを言う前に、成瀬は秀弥の首筋に指を滑らせて、そして先ほど貴久が指摘した箇所を丹念に指の腹で撫でた。
「ここ、すごく綺麗に残ってるだろ?」
 貴久に向けて、初めて口調に愉悦を湛えて囁く。そのままその指を上に走らせて秀弥のあごを上向かせて。そしてあごを支えておいて、親指で秀弥の唇に触れた。
 誰がどこからどう見ても、普通ではない関係を想定する仕草。
 秀弥は抵抗するように、「ぁ…やっ」とだけ口にした。でも、それも、どちらかというと甘く響いて、ただならぬ関係を確信させる。
 秀弥は羞恥のあまり、ぎゅっと瞼を閉じた。成瀬の親指が唇を割って口の中へ侵入してくる感触に全身が震えた。
「もっと見たい?」
 秀弥に微笑を降らせておいて、成瀬は貴久に向き直った。秀弥を間に対峙する構図。
 貴久は自身も顔を赤らめさせて、ぎっと成瀬を睨んだ。先ほどの迫力はもうそこにはない。ひたすらにショックに耐えているようでもあった。
「……くそっ………」
 舌打つと、貴久は勢いよく両腕を椅子から離すと、成瀬を見て何か言おうとして、そして一回呼吸をいれるとその視線を秀弥に向けて口を開いた。
「………なんかあったら電話して。何時でもいいから」
 そうして、見てられないというように反対へ向き直ると、その足で生徒会室から出て行った。しばらくして廊下から何か破壊音が聞こえてきたのは、その理由は明白であった。
 秀弥は成瀬にあごを取られて貴久に返答することもできなかった。
 何かよくわからないうちに、二人の間で話がついていて、秀弥は成瀬をすがるように見つめるばかりだった。成瀬はようやく秀弥の口をいじる指を離して、そして秀弥の正面に向き直った。
「罪深いな、秀弥」
 苦笑とも取れる表情でそう告げる。
(俺が………?)
 わからない。
(罪深いのは………)
 秀弥は一心に成瀬を見つめた。綺麗で涼しげな成瀬。茶色の奥深い瞳のうちの本心なんかワケわからなくて、何でこんなことをするのかも全然わかりはしない。
 秀弥は首筋に指を這わせた。
「ここ………?」
「鏡を見たらわかるよ、綺麗に付いた」
 何がそこにあるのか、秀弥ですらもそろそろ気づいていた。
(な…んで、こういうコトをするのか)
 嫌がらせ以外に、他に理由が思い当たらなかった。貴久が出て行ったのも、男の秀弥の首筋こんなのがあったから。こんなの気持ち悪いに決まってる。
 でも、それでも。

 秀弥は首筋のそのあたりにきつく手を押し当てた。
(一番罪深いのは、絶対お前だ)

 こんなことをされても、それでも貴久に”悪いヤツ”って言えないようにさせた、お前なんだ、成瀬。






別名、「ウサギさん、マーキングされる」編です。
青春トライアングル(?)って感じで、セカキミの中では
シリアス路線じゃないでしょうか??
そろそろ終わりが見えてきたところです。ハイ。
しかし、次は大展開ですよ!
………とか、あいも変わらず予告好き江崎。

(02 10.23)



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